7 結婚した理由
アルジール国に嫁ぐと決まった時点で、そうなることは分かっていたはずなのに。
いざ現実を突きつけられると、どうすればいいのか分からなくなる。
ユリアは思わず、両腕で自分の身体を抱いた。
冷えるはずのない部屋で、背筋にだけ冷たいものが走る。
重厚な扉の向こうから聞こえる物音に、心臓が小さく跳ねた。
扉を開く音がして、反射的に顔を上げると、エルフナルドが部屋へ入ってきた。
その姿を認めた瞬間、ユリアは慌てて立ち上がった。
「ご挨拶が遅くなってしまい、申し訳ございません」
緊張からか、少し早口になりながら続けた。
「私、ユリアと申します。至らぬ点も多いとは思いますが、精一杯精進いたしますので……どうぞ、よろしくお願いいたします」
しばしの沈黙の後、婚姻の儀で聞いた声よりも、わずかに低いテノールが響いた。
「エルフナルドだ」
それは名乗りというより、事実を突きつけるような声だった。
あまりにぶっきらぼうな物言いに、距離を突きつけられた気がして、ユリアは言葉を失う。
重たい沈黙が、ふたりの間に落ちた。
その空気に耐えきれず、ユリアは喉を鳴らし、声を絞り出した。
「な、何か……お飲みになりますか? 夜ですし、リラックスできる紅茶など――」
「お前と、よろしくするつもりはない」
言葉を遮るように、冷たい声が落ちた。
「私は王になるため、致し方なくお前と結婚した。それ以上の関係を築く気はない。父上は世継ぎを期待しているようだが……私は、お前との世継ぎを作るつもりもない」
淡々と、突き放すように続けた。
「今後、父上に世継ぎのことを問われることがあっても、行為がないことは、決して言うな」
エルフナルドの一方的な言葉に、ユリアは一瞬、息を詰めた。
「あの……」
ユリアは恐る恐る、顔を上げた。
「行為が、ない……とは……どういう意味でしょうか」
エルフナルドは、初めてユリアの方に視線を向けた。
「そんなことも知らないのか。……世継ぎを作るための行為だ」
まるで説明する価値もないと言わんばかりの口調だった。
「……申し訳ございません」
俯いたユリアに、彼は興味を失ったように視線を逸らした。
「知らぬのなら、そのままでよい。いずれ世継ぎは必要だが……今後、他にも妃を迎えるつもりだ。世継ぎはその妃に産ませる。お前には関係のない話だ」
「……かしこまりました、陛下」
そう答えながら、胸の奥で何かが静かに崩れ落ちた。
拒まれたことよりも、「期待されていない」ことの方が、ずっと重かった。
王妃として、妻として――どこにも居場所がない。
「私は休む。お前は、好きにしろ」
そう言うと、エルフナルドはベッドに横になり、目を閉じた。
ユリアは何が言おうとしたが、すでに彼は眠る意思を固めているようで、言葉を飲み込み、再び長椅子へと戻った。
――陛下は、私のことをよく思っていらっしゃらない。
当たり前よね……ニヶ月前まで、戦争をしていた国同士なのだから。
――私も……お兄様を亡くした。
ユリアは胸が痛んだ。
――世継ぎを作らない、とおっしゃっていたけれど……本当に、それでいいのかしら。
自分にとっては、少し安心できる言葉だった。
けれど、それは同時に――自分がこの国に来た意味を、失うことでもある。
ーーでは一体、私は何をすれば……?
考えても答えは出ず、やがてユリアは、長椅子の上で静かに眠りに落ちていた。




