76 決意の夜
ユリアは自室へ戻ると、静かに椅子へ腰掛けた。
先王に言われた言葉が、何度も頭の中で反芻される。
――一週間。
選択肢などない。
ユリアは思わず頭を抱えた。
胸の奥が締めつけられ、息が浅くなる。
どれほどの時間、そうしていただろうか。
やがて、ユリアはゆっくりと顔を上げ、立ち上がった。
その表情には、迷いよりも――
何かを決めた者の静けさが宿っていた。
その晩、エルフナルドは、朝に告げていた通り、夜も更けた頃に寝室へ戻ってきた。
「ユリア? 起きていたのか。先に休んでいていいと言っただろう」
長椅子に腰掛けているユリアの姿を見つけ、声をかける。
「エルフナルド様、ご公務お疲れ様でございました」
ユリアは立ち上がり、ゆっくりと彼の方へ歩み寄った。
「夕方に少し仮眠を取ってしまいまして……そのせいか、目が冴えてしまって。眠れずに起きていたのです」
「そうか……」
エルフナルドはユリアを見つめ、少し間を置いてから言った。
「セルビアに聞いたが、今日は具合が悪かったのだろう? それで寝ていたのか?」
「ええ。途中からお天気も崩れましたし、そのせいかと。でも……もうすっかり良くなりました」
表情を悟られないよう、ユリアは俯きがちに答えた。
「……そうか」
短く返しながらも、エルフナルドはどこか引っかかるように、ユリアから視線を外さなかった。
「も、もう……すぐお休みになりますか? それとも今日は……お酒でも召し上がりますか?」
そう言って、ユリアは話題を変えるように、酒瓶の並ぶ棚へと向かった。
「そうだな。せっかくだ、少し頂こうか」
「何を……お飲みになりますか?」
棚の扉を開け、いくつかの瓶を見せながら尋ねる。
「ワインにしよう。もう……開けられるだろう?」
エルフナルドは、どこか意味ありげに、口元を緩めた。
「もちろんです。以前、エルフナルド様が開けていらしたのを、ちゃんと見ていましたから」
ユリアはそう言ってワインボトルを手に取り、慣れないながらもオープナーを使って、静かに栓を抜いた。
「お前も少し飲んでみるか?」
エルフナルドは立ち上がり、ユリアに近付くとグラスを差し出した。
「……はい。頂いてみます」
すっかり断られると思っていたエルフナルドは、一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐにグラスにワインを注ぎ、ユリアの前に置いた。
「少しずつ飲むんだぞ」
そう言って、エルフナルドは自分の分を一気に飲み干した。
その少し大人びた仕草に、ユリアは思わず対抗するように、ワインを一息に飲んだ。
「張り合おうとしなくていい! もう少しゆっくり飲め」
「大丈夫ですよ。……ん、これ美味しいですね! 私、思ったより飲めるようです」
ユリアはそう言うと、残りのワインも飲み干した。
「……調子に乗ると後が大変だぞ」
エルフナルドは、少し呆れたようにため息をつきながらユリアを見つめた。
それから二人は、言葉少なにワインを嗜んだ。
「そろそろ……ね、寝ましょう!」
不意に、ユリアは立ち上がり、エルフナルドの腕を引いた。
「いきなりどうした? 酔っているのか?」
「全然、酔ってません!」
足取りは少しふらついていたが、意識ははっきりしていた。
二人はそのままベッドに横になり、向かい合う。
「お前は酒を飲むと、少し幼くなるな」
エルフナルドはそう言って、ユリアの頭を撫でた。
「……私は、大人っぽくなりたいです。エルフナルド様に、似合うように……」
ユリアは彼の胸元に顔を埋めるようにして、強く抱きついた。
「そういう素直な一面が見られるなら、また酒も悪くないな」
その言葉に、ユリアはそっと顔を上げ、キスをねだるように見つめた。
エルフナルドは応えるように、静かに唇を重ねた。
「ん……」
ユリアは戸惑いながらも、エルフナルドの背に腕を回した。
――幸せで、心地よくて。
先王の言葉さえ、忘れてしまいそうになるほどに。
やがて、エルフナルドはそっと唇を離した。
「……もう、寝ようか」
その一言で、胸の奥がひやりと冷えた。
――違う。終わっちゃいけない。
私には……やらなければならないことが……。
ユリアは、そっとエルフナルドを見つめた。




