74 明かされた真相
コツ、コツ、と乾いた靴音が背後から近付いてきた。
嫌な予感に胸を締め付けられ、ユリアが振り返る。
その瞬間、視界に飛び込んできた人物に、息が止まった。
そこに立っていたのは――
アシュリー王だった。
ユリアは息を呑み、思わず目を見開いた。
「せ……先王陛下……? ど、どうして……こちらに……」
「……その顔。ようやく気付いたというところか……」
先王はそう呟きながら、ゆっくりとユリアの前まで歩み寄り、立ち止まった。
問いに答えることなく、そのまま言葉を続ける。
「随分と時間をかけさせてくれたものだ。まあ、気付かずとも――子を成してさえくれれば、それで良かったのだがな」
冷たい視線がユリアを射抜く。
「お前は“王に嫁ぐ”という意味が分からなかったのか? まさか、本当に嫁いでくるだけで良いとでも思っていたのではあるまいな?」
苛立ちを滲ませた声に、ユリアの喉がひくりと鳴った。
「それは……」
「何のために、お前をこの国へ嫁がせたと思っている」
低く、押し殺した声が書庫に響く。
ユリアの心臓が、耳鳴りがするほど激しく打ち始めた。
――嫌な予感がする……。
先王は……やはり、私の力を……。
「な、何を……おっしゃっているのか、分かりませ――」
「黙れ、小娘!!」
怒声が響き、ユリアの言葉は遮られた。
思わず肩が跳ねる。
「私が知らぬとでも思っていたのか? そもそも、私が何故――お前たちのような小国に戦を仕掛けたと思っている?」
先王の目が、愉悦を帯びて細められる。
「本当に資源のためだと?
――違う。すべては、お前を奪うためだ。息子が殺されたことも、戦を始めるには都合が良かったがな」
先王は、愉しげに口元を歪めた。
「……ど、どういう意味でございますか……? では、あの戦争は……私を……奪うためだけに……?」
声が震え、言葉が途切れる。
――じゃあ……私のせいで……多くの人が……。
「そうだ」
即答だった。
「そんな……。では、私をアルジール国に嫁がせた時から……私に力があることを、ご存知だったのですか?」
ユリアは信じられない思いで、何度も首を横に振った。
「いや。お前の力は失われたと聞いていた。だがな……私は疑っていた。本当に失われたのかどうかを」
ユリアの胸が、嫌な音を立てて跳ねた。
思わず視線を逸らす。
「ユーハイムの王は、あっさりと信じたようだが……私は違う。あんな愚か者と一緒にするな」
フン、と鼻で笑う。
「私は間者を送り、お前のことを徹底的に調べさせた。だが……どれほど探らせても、力の確証は掴めなかった」
一拍、言葉を区切り――。
「――ただ一つ。
お前が唯一、心を許していた存在を除いてはな」
先王は、意味深な視線をユリアに向け、
ゆっくりと口角を吊り上げた。
「……お前の兄だ」
その不気味な笑みに、ユリアの背筋を冷たいものが走った。
「お前の兄は、我が国との戦で死んだそうだな……。――随分と、腕の立つ騎士だったと聞いているが?」
「……何が、言いたいのですか……?」
ユリアが眉間に深く皺を寄せて問い返すと、先王は、いっそう愉しげに口角を吊り上げた。
「お前の兄は、どのようにして死んだと思う?」
ユリアの目が、はっと見開かれる。
「あの戦を仕掛けて間もなく、私は一斉に命じた。
――お前の兄だけを狙え、とな」
淡々と語られる言葉が、刃のように胸に突き刺さる。
「殺すな。だが、生かして連れて来い。そう命じてな。私の前に引きずり出し、拷問を加えさせた」
ユリアの視界が、ぐらりと揺れた。
「お前のことを聞いても、なかなか口を割らなくてな。おかげで戦は、ずいぶん長引いた」
頭を殴られたかのような衝撃に、ユリアは息を詰めた。
ヘレンは確かに戦争で亡くなった。
どれほど強くとも、戦場で命を落とすことはある――
そう、納得しようとしてきた。
――でも……。
まさか、私との約束を守るために……捕らえられ、拷問まで……。
足から力が抜け、ユリアは崩れるようにその場にしゃがみ込んだ。
大粒の涙が、止めどなく頬を伝う。
「疑われぬよう、戦を長引かせるのは実に骨が折れたよ。拷問を始めたのは、戦が始まって半年ほど経った頃だったか」
先王は、まるで昔話でもするように続ける。
「随分長く続けたが……結局、あの男は最後まで吐かなかった」
「……もう……やめて……」
ユリアは、かろうじて絞り出すように呟いた。
「おや? あの男が、最後に何を言ったか――
知りたくはないか?」
ユリアは咄嗟に耳を塞いだ。
これ以上聞けば、心が壊れてしまう気がした。
だが、先王は容赦しない。
『ユリアに、手を出すな』
冷酷な声が、その言葉をなぞる。
「指を失い、足を奪われ、視力さえも奪われ……それでも最後にそう言ったのだ」
ユリアの喉から、声にならない嗚咽が漏れた。
「挙げ句、最後には私に噛みつきおってな。そのせいで、私は……もう子を成す事もできん」
歪んだ憎悪が、声に滲む。
「腹立たしくてな……。あまりの腹立たしさに、殺してしまった」
「やめて!! お願い……もう……やめて……!」
噛み締めた唇から血が滲み、強く握りしめた掌にも、赤い筋が浮かんだ。
ヘレンは、いつだってユリアを気にかけてくれた。
力のせいで疎まれていた時も。
計画を持ちかけた時も。
力を失い、幽閉された後でさえも。
――私は、兄に何を返せただろう。
罵倒され、力を使わず耐え続けた日々。
本当は、楽になりたくて、力を使ってしまいたかった。
兄を、少しだけ憎んだこともあった。
それでも――。
兄は最後の瞬間まで、ユリアを守り続けたのだ。
ユリアは、ゆっくりと立ち上がった。
涙に濡れた顔を拭うこともせず、真っ直ぐ先王を見据える。
「ほう……。この話を聞いて、まだ立っていられるとはな」
先王は愉しそうに目を細めた。
「楽しませてくれるではないか、小娘」
立っているだけで精一杯だった。
それでも――
これ以上、兄の想いを踏みにじらせたくはなかった。
涙で滲む視界の向こうに、冷酷な先王の姿がある。
それでも心の奥底で、何かが静かに燃え始めていた。
――絶対に、兄の想いを無駄にはしない。
その視線は、冷酷な先王の目を逃すことなく、次に来る言葉に、静かに備えようとしていた。




