73 不意の紙片
ある日の朝、エルフナルドはいつもより早く目を覚まし、静かにベッドから降りた。
その気配に、隣で眠っていたユリアも目を覚ます。
「起こしてしまったか? すまない」
「いえ……もう、お仕事に向かわれるのですか?」
ユリアは目をこすりながら、そう尋ねた。
「ああ。今日は西の町へ行かなければならない。帰りも遅くなるだろう。夕食は一人で取ってくれ。先に休んでいて構わない」
「わかりました。どうか、お気をつけて」
エルフナルドを見送った後、ユリアは朝食を済ませ、庭園へ向かった。
先日の言葉は、確かに心を癒してくれた。
それでも――理由もなく、信じきれない自分がいることに、ユリアは気付いていた。
――どうして、こんなにも疑ってしまうのだろう。
答えが出ないまま、ユリアは考えることをやめるように、無我夢中で庭園の手入れと薬作りに没頭した。
「この薬草……そろそろ収穫できそうね。この薬草なら、何を調合しようかしら」
手に取ったのは、庭園を任されるようになった頃に植え直した、南の国の薬草だった。
ユリアはそれを指先で転がしながら、組み合わせを考える。
「あっ……」
ふと、何かを思い出したように顔を上げる。
――確か……以前、書庫でティーン国の紋章が入った本を見たはず。
あれに、薬草についての記述があったような……。
その本は、ティーン国の文字で書かれていた。
読めはしなかったが、丁寧な挿絵から、薬草の本だということだけは分かっていた。
「絵だけでも、何か分かればいいのだけれど……。新しい調薬が分かれば、少しでも役に立てるかもしれないし……」
独り言を呟きながら、ユリアは書庫へ向かった。
奥の棚へと進み、目当ての本を探す。
「あったわ……!」
本を手に取り、ページをめくる。
「……やっぱり、文字は分からないわね……」
何度か頁を繰ったものの、理解できるものはなく、ため息がこぼれた。
最後のページをめくろうとした時、指先に違和感が走った。
一枚だけ、明らかに分厚いページがある。
端を爪で軽く引っ掻くと、二枚の紙が貼り合わされていることに気付いた。
「……?」
おそるおそる剥がすと、その間から小さな紙片が落ちた。
少しくすんだ、古いメモだった。
ユリアは、その紙片を広げた。
そこに書かれていた文字を見て、ユリアは息を呑む。
――これは……ティーン国の文字じゃない。
一瞬、意味を理解できなかった。
ということは、誰かが後から……?
ユリアは紙片の内容を読み、息を呑んだ。
『ティーン国の力を受け継ぐには、
ティーン国の者同士であること。
力を持つティーン国の女性と、
王族の男性であること』
文字を読んだ瞬間、心臓が大きく跳ねた。
――どうして……力のことが、ここに……?
ここはアルジール国であって、ユーハイム国ではないのに……。
額に、冷たい汗が滲んだ。
――もし、この国の誰かが、この力の存在を知っていたとしたら。
私が、この国に……
嫌な予感が、胸の奥で静かに膨らんでいった。
手から力が抜け、本を取り落としそうになり、ユリアはその場に座り込んだ。
――でも……私が嫁いできた時点では、力の存在は知られていなかったはず。
力を使ってしまったのは、あの時が初めてで……
知っている者など、いなかったはずなのに……。




