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72 揺れる想い

 ユリアは、淹れたばかりの紅茶を一口飲んでから、エルフナルドに声をかけた。


「エルフナルド様、今夜の紅茶はいかがですか? 実は、私が庭園で育てたハーブとカモミールを一緒に煎じてみたのですが……」

「ああ。美味いな」


 その一言に、ユリアはぱっと表情を明るくし、にっこりと笑った。


「おかわりもございますので、いつでも言ってくださいね」

「……ユリア」


 その声の調子に、ユリアはマグカップをテーブルに置いた。


「ど、どうかされたのですか?」

「……私の留守中に、フレドリックに会ったのだろう。どんな話をしていた?」


 一瞬、ユリアは言葉を失ったが、隠し通せることではないと悟り、静かに口を開いた。


「……エルフナルド様とのお子が近いのではないかと。先王陛下も期待していると……そう言われました。それだけです。他には、何も」


 ユリアは、まっすぐエルフナルドを見つめた。


「それなら、なぜセルビアに話さなかった? 隠すような話ではないだろう」

「……そう、なのですが……」


 視線を逸らし、俯く。


「どうした。思っていることがあるなら言え。私は、お前の心を知りたい」


 エルフナルドは、そっとユリアの手に触れた。


「……エルフナルド様は、私が嫁いで来たばかりの頃、私とのお子は作らないと仰っていました。そのお気持ちは……今も変わりませんか?」


 不安を隠しきれない声だった。


「……あの頃は、確かにそう思っていた」


 エルフナルドは、少し眉をひそめながら答えた。


「……私も、この力を持つ限り、子を持つべきではないと、ずっと思っていました」


 ユリアは震える息を吐く。


「この力は、必ず争いを生みます。現に……力があると知った父は、私を連れ戻しました。その結果、何人もの方が犠牲になりました。こんな力を持つ者が、子を設けるなど……」


 悲痛な表情に、エルフナルドが声を強めた。


「そんなことはない。それに……シルクベイン王は、もういない」

「はい……エルフナルド様に助けていただきました。でも……怖いのです。本当に、これで終わりなのでしょうか」


 ユリアの顔色が青ざめ、手が震えだす。


「もし、またどこかで私の力が知られたら……? もし、私が子を生み、その子も同じ力を持っていたら……どうすればいいのですか。私と同じ思いをさせるなんて、できません……」


 エルフナルドは、その震える手を強く握った。


「そんなことはさせない。私が、お前も子も守る。すべてから」

「……そんなこと、なさらないでください」


 ユリアの目に涙が滲む。


「貴方はアルジール国の王です。そんな……お荷物のような存在を抱える必要は……」

「なぜだ?」


 きっぱりと言い切る。


「私が、そうしたいと言っている」


 ユリアは必死に首を振った。


「……もうお気付きでしょう。エルフナルド様の左肩の傷痕……あれは、私が治したものです。あの洞窟で……」


 声が震える。


「許可もなく、勝手に治しました。不完全な力だと分かっていたのに……必ず痕が残ることも。それなのに……エルフナルド様に、あんな大きな傷を……」


 視線を落としたまま、続けた。


「以前、書庫でエルフナルド様のその傷を見て……気付きました。あの時の青年が、エルフナルド様だったのだと……。その傷、今も時々痛むのでしょう?」

「……そうか」


 エルフナルドは静かに息を吐いた。


「やはり、あの時助けてくれたのはお前だったんだな。傷は……確かに、たまに痛む。だが、それがどうした?」


 力強く言い切る。


「お前が助けてくれなければ、私は死んでいた。今の私があるのは、お前のおかげだ。感謝こそすれ、責める理由などない。なのに……なぜ、そんな顔をする」

「……あの時の恩返しで、私を守ってくださっているのでは……お優しいから……同情して……」


 涙を滲ませ、訴える。


「私の想いが……そう見えると?」


 苛立ちを抑えきれない声だった。


「違います……違います……」


 涙が頬を伝う。


「最初は……それでもいいと思いました。エルフナルド様のお側にいられるなら、それで……。でも、それ以上を望んでしまう自分が……許せなくて」


 声を詰まらせる。


「この力は、自分で終わらせると誓ったのに……エルフナルド様とのお子が欲しいなんて……そんな浅ましいことを……」

 

 手が震える。胸が締め付けられる。


「ユリア……」


 エルフナルドは、一瞬言葉を失った。

 喉の奥に、言ってはならないものが引っかかる。


「私との子を望んでくれることの、何が悪い」


 エルフナルドは、そこで言葉を切った。

 一瞬、何かを飲み込むように視線を伏せる。


「……私も」


 小さく息を吐いてから、続ける。


「……お前との子が、欲しいと思ってしまった」

「やめて……」


 ユリアは首を振る。


「これ以上、私の心を乱さないでください……。そう言っていただけて幸せです。でも……だからこそ私は、お荷物でしかない……」

「荷物だなどと言うな」


 エルフナルドは、強くユリアを抱きしめた。


「私は、お前と共にありたい。他の誰でもない。ユリア、お前だ。覚悟が決まらないなら、子など作らなくていい。お前がいれば、それで……」


 その言葉は、ユリアの胸の奥へ静かに落ちていった。


「それに、子供のことはゆっくり考えればいい。すぐに作る必要なんてない。自分たちのペースで、時間をかけて考えていけばいいんだ」


 エルフナルドはそう言うと、ユリアの髪を優しく撫で、先程よりも強く抱きしめた。

 その温もりと優しさが、胸にじんわりと広がる。


 ――自分の覚悟が決まるまで。もう少しだけ、このままで……。

 

 声には出さず、静かに願った。

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