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71 声にできない願い

 自室に戻ったユリアは、アリシアと向かい合い、文字の勉強を始めた。

 庭園での出来事が頭を離れず、胸の奥がざわついた。

 

「ねえ、アリシア……」

「どうなさいましたか?」


 隣で文字の練習をしていたアリシアに、ユリアは静かに声をかけた。


「エルフナルド様が、第二夫人を娶られるという話は……今、どうなっているのかしら」

「……え?」


 一瞬言葉に詰まりながらも、アリシアはおそるおそる答えた。


「そのようなお話は、ずいぶん前から進んでいないと聞いておりますが……」


 ユリアの真意が掴めず、慎重に言葉を選ぶ。


「陛下は、毎日ユリア様とご一緒に過ごしていらっしゃいますし……。どうされたのですか? 急に」

「ちょっと、気になっただけよ」


 ユリアはそう言って、視線を落とした。


「ほら……私とエルフナルド様との間には、そういうことは……ないから」


 寂しげな表情を浮かべながらも、無理に小さく笑ってみせる。


「……でも、世継ぎは必要な世界でしょう? エルフナルド様は……どうなさるおつもりなのかしら……」

「……ユリア様は」


 アリシアは一度言葉を切り、そっと問いかけた。


「陛下とのお子を、望んでいらっしゃるのですか?」


 その問いに、ユリアは小さく首を傾げた。


「……わからないわ」


 しばらく間を置いて、静かに言葉を紡ぐ。


「以前は、絶対にありえないと思っていたの。私が子供を持つなんて。この力は、必ず争いを生んできたから……」

 

 胸に手を当て、続ける。


「でも最近……ふと考えてしまうの。もし、私とエルフナルド様の間にお子が出来たら、どんな子だろうって。エルフナルド様は、どんな風に接してくださるのかしらって……」


 ユリアは、自分でも戸惑うように首を振った。


「そんな、夢みたいなことを考えてしまう自分がいるのよ」


 ーーそれが、今の自分には許されない願いだと分かっていても。

 

「私は……ただ、隣にいることを許していただいただけなのに……」


 苦しそうに胸を押さえたユリアを見て、アリシアの胸も締め付けられた。


「……ユリア様」


 アリシアは、そっと言葉を選ぶ。


「陛下も、きっとユリア様を大切に思っていらっしゃいます。以前、ユリア様が連れ去られた時……陛下は本当に取り乱していらっしゃいました。最近だって、あんなにお優しい眼差しでユリア様を見ていらっしゃるではありませんか」


 ユリアは、その言葉を胸の中で反芻するように黙り込んだ。


「ええ……とても優しくしてくださっているわ。でも……それは……」


 言葉を探しきれず、声が震える。


「……これ以上、何かを望むなんて……」


 泣き出しそうな表情に、アリシアもそれ以上言葉を続けることができなかった。



 それから、十日ほどが過ぎた。

 エルフナルドがルトア国から帰還したとの知らせが届いた。

 知らせを受け、ユリアは王宮の門まで出迎えに出ていた。


「ユリア。出迎え感謝する。私の留守の間、変わったことはなかったか?」

「おかえりなさいませ、エルフナルド様。特に何事もなく、過ごさせていただきました」


 そう言って頭を下げるユリアを、エルフナルドはじっと見つめる。


「……そうか」


 そう答えながらも、エルフナルドの視線はわずかに鋭くなっていた。


 その後、エルフナルドはセルビアを執務室へ呼び出した。


「お呼びでしょうか、陛下」

「急に呼び出してすまない。私の留守中に、何があった?」


 まるで、何かがあったと確信しているかのような問いかけだった。


「……お気付きでしたか。ユリア様は、お顔に出やすい方ですから……」

「ああ」


 セルビアは、先日フレドリックがユリアを訪ねてきた件を詳しく報告した。

 話を聞き終えた瞬間、エルフナルドの顔が露骨に歪んだ。

 机の上で、無意識に指を強く組む。

 

「フレドリックが……ユリアに何の用だ」

「やはり、フレドリック様には何か……?」


 エルフナルドはしばらく沈黙し、それから重く口を開いた。


「……もう亡くなっているが、私達には兄がいた。兄と私は先王と王妃の子だ。だが、フレドリックは先王と妾の子だった」


 淡々とした口調の奥に、複雑な感情が滲む。


「第三王子と呼ばれてはいたが……あいつも、その母親も、ずっと疎まれてきた存在だった。そのせいか、フレドリックは食えぬところがある。私でも、何を考えているのか掴めない」


 エルフナルドは、頭を抱えるように俯いた。


「……そうでしたか。フレドリック様が訪ねて来られてから、ユリア様の様子がどこかおかしくて……。すぐにお話を伺おうとしたのですが、教えていただけず……申し訳ありません」

「……いや、いい」


 エルフナルドは顔を上げ、静かに言った。


「引き続き、ユリアを頼む」

「御意」


 セルビアは深く頭を下げ、執務室を後にした。

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