70 予期せぬ訪問者
翌朝早く、エルフナルドは数人の護衛を引き連れ、ルトア国へと旅立った。
この前の事件以来、エルフナルドと離れることに強い不安を覚えていたが、セルビアが側にいてくれることで、ユリアはほんの少し心を落ち着けることができていた。
エルフナルドがルトア国へ出発してから四日ほどが過ぎた頃。
ユリアは庭園で草花の手入れをしていた。
「こんにちは、ユリア様」
不意にかけられた声に顔を上げると、そこにはフレドリックの姿があった。
満面の笑みを浮かべ、まるで旧知の友人にでも会ったかのような態度で、彼はユリアの前に立っていた。
ユリアが言葉を発しようとした、その瞬間だった。
一歩前に出て、セルビアがユリアの前に立ちはだかる。
「あの……失礼ですが、どちら様でしょうか」
「僕のことを知らないの? 王妃付きの護衛なのに?」
フレドリックは呆れたように肩をすくめ、セルビアを見下ろした。
「皇弟のフレドリック様よ。下がって、セルビア」
「……失礼いたしました」
セルビアはしばらくフレドリックをじっと見つめてから、静かに頭を下げ、ユリアの一歩後ろへと下がった。
フレドリックもまた、同じようにセルビアを一瞥し、それから口を開く。
「君はいつまでそこにいるつもり? 僕はユリア様と話がしたいんだ。護衛は下がれ」
語気を強めた言葉に、空気が一瞬張りつめる。
「セルビア。大丈夫だから、少し下がっていて」
ユリアの言葉に従い、セルビアは二人から距離を取りつつも、決して視線を外すことなく、遠巻きに様子を見守った。
「失礼いたしました、フレドリック様。私に……何かご用でしょうか」
「特別な用事があったわけではありません。ただ……少し前に、ユリア様が危ない目に遭われたと聞きましてね。心配になって、様子を見に来たのですよ」
そう言って、フレドリックは軽やかに笑った。
あまりにも軽い口調に、本当に心配しているのかどうか分からない。
「……どこから、その話を?」
ユリアの胸が、ひやりと冷えた。
自分が連れ去られた件については、巻き込まれた護衛を含め、エルフナルドが厳重に口止めをしていたはずだ。
それを、なぜフレドリックが知っているのか。
「はは。ユリア様は嘘がお下手ですね。まあ……お元気そうで何よりです」
再び笑みを浮かべたフレドリックの瞳は、しかし、少しも笑っていなかった。
「最近は、兄上とずいぶん仲がよろしいようですね。以前の舞踏会では、とてもそうは見えませんでしたから」
探るような視線が、ユリアを捉える。
「仲が良いと聞いて、父上も大変喜んでいましたよ。孫の顔が見られる日も近いのではないかと……」
ユリアは、思わず息を詰めた。
「エ、エルフナルド様は……もともと、お優しい方です。それに……お子は授かりものですから、何とも……」
「……そうですか」
一瞬の沈黙の後、フレドリックはにこりと微笑んだ。
「楽しみにしていますよ。兄上と、ユリア様のお子を」
その言葉を残し、ふっと真顔になると、フレドリックは踵を返した。
ユリアの前から去っていく背中を見送りながら、胸の奥に言い知れぬ不安が広がっていく。
「ユリア様。大丈夫ですか? どのようなお話を?」
セルビアがすぐに駆け寄り、心配そうに声をかけた。
「……別に、大した話ではないわ」
そう答えながらも、ユリアの心は落ち着かなかった。
「今日は、もう部屋に戻るわ」
ユリアはそう言うと、庭園を後にした。
胸の奥に残るざわめきが、どうしても消えなかった。




