67 腕の中
翌朝。
ユリアが目を覚ますと、視界いっぱいにブロンドの髪が広がっていた。
驚いて身を起こそうとするが、エルフナルドの腕が、しっかりとユリアを包み込んでいる。
眠っていたはずなのに、その腕には、無意識とは思えないほどの力がこもっていた。
「……よく眠れたか?」
深いブルーの瞳が、静かにユリアを見つめていた。
「あ……は、はい。おはようございます……」
抱きしめられたままだと気付き、ユリアは慌てて視線を逸らす。
「あの……えっと、腕を……」
「ああ、これか。お前は寝相が悪いからな。拘束していた」
そう言って、あっさりと腕を離す。
「も、申し訳ありません……。陛下、もしかして……眠れませんでしたか……? やっぱり私は長椅子で――」
「長椅子はもういい。毎回運ぶのは面倒だ」
エルフナルドは小さく笑った。
「……? どういう意味ですか?」
「本当に分かっていなかったのか? 長椅子で眠るお前が、朝、毎回ベッドにいることに疑問はなかったと?」
「……あ!」
ユリアの反応に、呆れたように手を挙げる。
「お前が長椅子から落ちるたびに起こされては堪らない。二度と長椅子で寝るな。私の安眠のためだ」
「……申し訳ありません」
恥ずかしさに俯くユリアを見て、エルフナルドは静かに名を呼んだ。
「ユリア」
顔を上げると、差し出された手。
「帰ろう。アルジールに」
「……はい」
2人はカリルと合流し、護衛を引き連れてアルジール国へと帰還した。
シルクベイン王の死後、ユーハイム国は一時混乱したが、アルジール国の統治下に入ることで国は保たれ、ほどなく安定を取り戻した。
アルジールに戻ってから、ユリアの生活は大きく変わった。
毎日、エルフナルドと夕食を共にし、夜も同じ寝室で過ごす。
あの日、「長椅子で寝るな」と言われてからは、同じベッドで眠ることが当たり前になった。
夜になると、エルフナルドは当然のようにユリアを腕の中へ引き寄せた。
それは言葉にされることのない、しかし確かな――
離さないという意思表示のようだった。
ある夜のことだった。
夕食を終え、二人はいつものように寝室へ戻っていた。
ユリアは寝台の端に腰掛けながら、どこか落ち着かない様子で指先を絡めている。
そんな様子を見て、エルフナルドが小さく息を吐いた。
「まだ慣れないか」
「……え?」
ユリアはエルフナルドの問いに、首を傾げた。
「同じ部屋で眠ることだ」
図星を突かれ、ユリアは慌てて首を振る。
「い、いえ……そのようなことは……」
「顔に書いてある」
あっさりと言われ、ユリアは思わず口を閉ざした。
しばらくの沈黙のあと、エルフナルドは寝台に腰を下ろす。
「怖いか」
低い声で問われ、ユリアは一瞬だけ目を伏せた。
怖いわけではない。
けれど、胸の奥が落ち着かない。
その理由をうまく言葉にできず、ユリアは小さく首を横に振った。
「……違います。ただ、その……」
言葉を探すように視線をさまよわせ、やがて小さく続ける。
「まだ、夢のようで……」
「夢?」
エルフナルドは、怪訝な表情を浮かべた。
「はい。アルジールに戻ってきて、こうして普通に過ごしていることが……」
ユリアは小さく息をついた。
「あの時は、本当に――」
そこまで言って、言葉が途切れる。
思い出したくない記憶がよぎったのだろう。
エルフナルドは何も言わなかった。
やがて、ゆっくりと手を伸ばし、そのまま、ユリアの頭を軽く引き寄せた。
「なら、夢ではないと覚えておけ」
静かな声だった。
「お前は、ここにいる」
ユリアの額が、エルフナルドの胸に触れる。
不意のことに驚きながらも、ユリアは抵抗しなかった。
代わりに、そっと服を握る。
その小さな仕草を感じ取ったのか、エルフナルドはわずかに腕の力を強めた。
「……ほら、こうしていれば、少しは落ち着くだろう」
ぶっきらぼうな言い方だったが、声はどこか優しい。
ユリアはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……はい」
その夜もまた、ユリアはエルフナルドの腕の中で眠りについた。
第5章
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