62 父の目に映る価値
久々の再会にもかかわらず、その瞳に宿るのは情ではなく、冷ややかな光だけだった。
「な、何故……」
ユリアの額から、大粒の汗が伝い落ちた。
「何故だと?」
シルクベイン王は眉一つ動かさず、淡々と答えた。
「私はお前に手紙を送ったはずだ。だが、お前は断った。……だから別の者を使い、国へ連れ戻した。それだけのことだ」
「……私は、すでに敵国に嫁いだ身です。普通、自国へ戻ることなど――」
ユリアは言葉を切り、深く頭を下げた。
「なかなか許されることではありません……」
しばしの沈黙の後、ユリアは恐る恐る視線を上げた。
「た、体調は……もう、よろしいのですか……?」
「ふっ……」
シルクベイン王は小さく鼻で笑った。
「私の体調など、気にもしていないくせに。まあ、それはよい」
声の調子が、わずかに変わる。
「……私は、お前にどうしても確認したいことがある。こうして強引にでも連れ戻した理由が、分からぬほど愚かではあるまい」
語尾に込められた圧に、ユリアは思わず一歩後ずさった。
「…………」
「黙っていれば、やり過ごせるとでも思ったか?」
シルクベイン王は突然立ち上がり、ユリアの胸ぐらを掴んだ。
「そうはさせん!!」
「お、お父様……おやめ下さい……! 何故――」
体が宙に浮くほどの力で引き上げられ、ユリアは息を詰まらせた。
「お前は、長年私を騙していたのだぞ!!」
怒気を孕んだ声が、耳元で響く。
次の瞬間、ユリアの体は床へと叩きつけられた。
「お前は十三の時に力を失ったはずだ。だからアルジール国に嫁がせた。力を失ったお前に残された使い道は、それくらいしかなかったからだ」
シルクベイン王は、吐き捨てるように続ける。
「それがどうだ。最近になって、重傷を一瞬で治す者がいると噂を聞いた。最初は、お前だとは思わなかった。……だが、それがアルジール国で起きた出来事だと知ってな」
小さく、歪んだ笑みを浮かべる。
「怒りで体調を崩すほどだった」
「……」
「お前が本当に力を失っていないなら、手放すことはなかった」
その声が、低く冷たくなる。
「お前がまだこの国にいた頃、力について探る者が現れた。力があるか否かに関わらず、この国の秘密を嗅ぎ回る者は危険だ。……だから暗殺した」
ユリアの目が見開かれる。
「その人物が、アルジール国の王子だったとはな」
「そ、そんな……」
ユリアの喉が震えた。
「では……お父様が……エルフナルド様のお兄様を……」
ユリアの目から、涙が溢れ落ちた。
「その結果、戦争が起きた。……そして、この国は敗れた」
シルクベイン王は、倒れたユリアの頭を床に押し付ける。
「すべてはお前が招いた戦だ。お前のせいで、この国は負けたのだ!」
今度は髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。
「何故だ! 何故、私を騙した!!」
ユリアは痛みに耐えながら、真っ直ぐ父を見返した。
「……本当に、分からないのですか……?」
かすれた声で、しかしはっきりと言う。
「私の力は……戦争の道具ではありません。お父様は、この力を……国の道具のように扱ってきました。私は、それが……許せなかったのです」
「許せない、だと?」
シルクベイン王の怒りが爆発する。
「お前はユーハイム国の姫だ! 国のために尽くすのは当然だろう! 国民が傷つけば癒す、それが姫の役目だ! 私は国を守るためにやった! 何が悪い!!」
「……違います……」
あの日、兄と交わした約束が脳裏をよぎる。
父上の望みを知った夜――
逃げてはならないと、ふたりで決めた。
力を使うたび、少しずつ失っていくこと。
気付かれぬように、静かに。
この力を戦のために継がせないために。
ユリアは、震えながらも言葉を続けた。
「お父様は、この力があることに驕り、必要のない戦争を起こし、国民やティーン国の人々の命を奪いました。だから私は……この力を、失くすことにしたのです」
ユリアが真っ直ぐ見つめ返す。
涙の跡が残る頬で、しかし視線は逸らさなかった。
すると、掴んでいた髪の力が、わずかに緩んだ。
「……ほう」
シルクベイン王は低く笑った。
「何年もかけて、力が無くなっていくように見せていたというわけか。……見事だ。感心するほどにな」
その視線が、ユリアの顔から、腕へ、指先へと這う。
まるで“娘”ではなく、価値を量る品を見る目だった。
ユリアの背筋を、冷たいものが貫いた。




