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61 帰るはずのない場所

 馬車の外に立っていたのは、フードを深く被った男だった。

 顔は影に隠れ、感情は読み取れなかった。


「こちらにいらっしゃいましたか」


 低く、感情の読めない声だった。


「約束の日を過ぎていますが……どこで油を売っていたのでしょう。捕らえ次第、即刻連れて来るよう伝えたはずですが」

「も、申し訳ありません!」


 男は慌てて馬車から転がり出るように降り、地面に額を打ちつけるほど深く頭を下げた。


「この女を捕らえるのに、少々手間取りまして……」

「……妙ですね」


 フードの男は静かに首を傾げた。


「捕縛は早かったはずです。この方角は……あなたの村ですね?」

「ち、違います! 道が悪く、遠回りを――」

「その女の力を試すため、村へ連れて行ったのでは?」


 淡々と告げられた言葉に、男の体がびくりと跳ねた。


「捕らえる際、わざと人を傷つけ、治させた。違いますか?」

「……っ!」


 男は弁明しようと口を開いたが、言葉にならず、喉を鳴らすだけだった。


「あなたは村の長の病を治したかったのでしょう。しかし――」


 フードの男は一歩近づいた。


「そのために、どれだけの命を危険に晒したか、考えたことは?」

「……ま、まさか……」


 男の額から、はっきりと汗が流れ落ちた。


「この話を持ちかけた際、くれぐれもその女の力が周囲に知られぬよう伝えました。破れば交渉は決裂、制裁を加えると」


 淡々とした声が、かえって残酷さを際立たせる。


「あなたの仲間は、すでに始末しました」


 一拍置いて、男は続けた。


「……もちろん、村の長も」

「……そんな……」

 

 男の目が、必死にフードの奥を探した。

 

「嘘だ!!」


 男は叫び、フードの男に掴みかかろうとした。


「そんなはずが――」

「嘘ではありません」


 次の瞬間だった。


 ドスッ


 鈍い音と共に、男の胸に刀が突き立てられた。


「……っ……」


 言葉にならない声を漏らし、男はそのまま地面に崩れ落ちた。

 あまりの出来事に、ユリアは声を失った。

 しかし我に返り、倒れた男に駆け寄る。


「だ、大丈夫ですか?!」

「無駄です」


 フードの男は冷ややかに言った。


「あなたが治せないよう、確実に息の根を止めました」


 ユリアは震える手で首元に触れた。

 脈は――もうなかった。

 唇を強く噛みしめる。


「……どうして……」

「約束を破った。それだけです」


 フードの男はそう言うと、強引にユリアの腕を掴み立たせ、再び馬車へと押し込んだ。


「抵抗しない方が身のためですよ」


 馬車は、何事もなかったかのように再び動き出した。


「あなたは一体誰なんですか……。私をどこへ連れて行くのですか……」


 向かいに座るフードの男に問いかける。


「……直に分かります」


 一拍置いて、男は続けた。


「あなたの“よく知る場所”へ、お返しするだけですから」


 それ以上、男が口を開くことはなかった。

 

 やがて馬車は止まり、ユリアは降ろされた。

 足元の石畳に見覚えがあった。

 規則正しい敷き方、縁に刻まれた古い紋様――

 かつて何度も踏みしめたものと、よく似ている。


 ――そんなはず、ない……。


 周囲は裏門らしく人気がなく、灯りも少ない。

 それでも胸の奥がざわつき、嫌な予感が膨らんでいく。


 建物の中を通され、奥の部屋の扉の前でフードの男が立ち止まる。


「――陛下、失礼いたします」


 ――陛下……?

 まさか、この建物は……やはり……

 

 嫌な予感を抱えたまま、ユリアは部屋へ足を踏み入れた。

 奥の椅子に腰掛ける人影が、ゆっくりとこちらを向く。

 その顔を認めた瞬間、ユリアの足が止まった。


「……お父様……」


 そこにいたのは、ユーハイム国王――

 ユリアの父、シルクベイン王だった。

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