5 婚姻の儀
ユリアがセルビアを見送った後、正門の方を振り返ると、門番の隣に侍女がひとり立っていた。
「長旅、ご苦労さまでございました、ユーハイム国の王女様。侍女のアリシアでございます」
丁寧に一礼すると、息つく間もなく言葉を続けた。
「早速ではございますが、ニ時間後に婚姻の儀が行われます。準備に取りかかりますので、控え室までお越しいただけますでしょうか」
そう言い終えると、すぐに歩き出してしまった。
ユリアは慌てて、その背中に声をかけた。
「あ、あの……はじめまして。ユリア・シュバルツァーと申します。これから、お世話になります」
「とんでもございません。とにかく今は急ぎましょう」
ほとんど会話らしい会話もないまま控え室へ案内されると、そこからは息つく暇もなく準備が始まった。
ドレスを整え、髪を結い、化粧を施され――気づけば、一時間ほどが経っていた。
「どうにか間に合いました……。とてもお綺麗です、ユリア様」
額に汗を浮かべながらも、アリシアは満足そうに微笑んだ。
「ありがとうございます。私……こんなに綺麗なドレスを着るのは初めてで……お化粧も、実は初めてなんです」
「えっ、お化粧が初めて……? 本当ですか?」
「は、はい……」
驚いたように目を見開くアリシアに、ユリアは少し居心地悪そうに視線を伏せた。
「ユーハイム国には舞踏会などがないのですか?」
「いえ……。ただ、私は……あまり……そういう場に出ることがなくて……」
言葉を濁すと、アリシアそれ以上は追求せず、そういえば――と話し出した。
「ご到着の際、ユリア様がご挨拶してくださっていたのに、急がせてしまい申し訳ありませんでした」
「いえ、お気になさらないで下さい。到着が遅れたのはこちらですし……準備をしてくださる皆様にも、ご迷惑をおかけしてしまって……」
そう言って、ユリアはその場にいる侍女たち全員に深く頭を下げた。
すると侍女たちは皆、目を丸くした。
「ユリア様! どうか頭を上げて下さい。ユリア様は、これから王妃となられるお方なのです。堂々としていて下さい。侍女に、敬語など不要でございます」
「あ、す、すみませ……あ、いえ……その……努力いたします。……努力、するわ」
慌てて言い直す様子に、アリシアは柔らかく微笑んだ。
「ゆっくりで構いません。ユリア様のペースで、少しずつ慣れていただければ大丈夫です」
「ありがとう……。あの……ひとつ、聞いてもいい?」
「はい、何でございましょうか」
「陛下とは、いつお顔合わせをするの? もうすぐ式が始まるのですよね……?……始まる、のよね?」
一瞬、アリシアは言葉に詰まった。
「陛下はお忙しく、こちらにお越しになる時間がないとのことで……。婚姻の儀で初めてお会いになる予定です」
「そうだったの」
ユリアは小さく頷いた。
「とても、お忙しい方なのね……」
アリシアは答えず、どこか困ったように微笑むだけだった。
ほどなくして、婚姻の儀が始まった。
エルフナルドは、神父の立つ祭壇の前に立ち、まだ顔も見ぬ妃の到着を待っていた。
そういえば、妃となる者がどのような容姿なのか――それすら、全く聞いていなかったことに、今さらながら気付く。
自嘲気味に小さく息を吐いた、その時、大きな扉が静かに開かれた。
視線を向けると、そこにはユーハイム国の姫が、真っ直ぐこちらを見つめ立っていた。
しかしべールに覆われているため、その表情までは分からない。
ユリアがゆっくりとバージンロードを進み、近づくにつれ、その姿がはっきりと見えてくる。
誓いの言葉が終わり、エルフナルドがそっとベールを上げた瞬間――
漆黒の髪色には不釣り合いなほど澄んだ、アイスブルーの瞳と視線が重なった。
一瞬、時が止まったように、エルフナルドは動けずにいた。
その沈黙を破るように、神父が咳払いをした。
「……誓いのキスを」
促され、ふたりは静かに唇を重ねた。




