55 助けたい命
市場に到着すると、複数の建物から炎が上がり、黒煙が空を覆っていた。
熱気が肌を刺し、煙が視界を曇らせる。
「……こんな……」
ユリアは、思わず息を呑んだ。
「クリック様、こちらです!」
侍女に案内され、火元から少し離れた建物へ入る。
中には二十人ほどの負傷者がおり、すでに二人の医師が懸命に手当てをしていた。
クリックとユリアもすぐに負傷者の治療に加わった。
「クリック様、火傷が重い方がいらしたら私に回してください。こちらの薬で対応します。軽度の火傷でしたら、通常の薬で構いません」
「わかりました」
幸いにも、負傷者の数のわりに火傷は軽度な者が多く、手当ては思ったより早く進んだ。
その時――。
外から、叫び声とも悲鳴ともつかない声が響いた。
ユリアははっとして建物の外へ飛び出した。
「は、なせ……! ゲホッ……! はなしてくれ……!」
ひとりの男が激しく咳き込みながら、炎に包まれた建物へ向かおうとしていた。
「無茶だ! もう火が回りすぎてる! 死ぬぞ!」
二、三人の男たちが必死に止めている。
「む、すこが……! 俺の、むすこが……なかに……!」
男は抵抗するも力尽き、地面に崩れ落ちた。
「大丈夫ですか?! しっかりしてください!」
ユリアは咄嗟に駆け寄り、男の肩を支えた。
顔色は悪く、意識も朦朧としている。
「煙を吸いすぎています! 煙の少ない場所へ運んでください!」
「わかった、こっちだ!」
男たちは少し離れた場所へ男を運び、地面に横たえた。
「ゆっくり、息を吸って……!」
ユリアは男の手を握り、必死に声をかけた。
「だれか……むすこを……」
「逃げ遅れてるんだ。こいつの息子が……」
制止していた男のひとりが、沈んだ声で言った。
「……!」
ユリアは思わず、燃え盛る建物を見た。
「無理だ……もう完全に火が回ってる」
「そんな……」
その時、倒れた男の腕にあるブレスレットがユリアの目にとまった。
――……この、ブレスレット……
胸の奥が、ざわりと騒いだ。
嫌な予感に駆られ、ユリアは自分の腕を見た。
そこには、同じデザインのブレスレットがはめられていた。
「あの……この方の息子さんは……」
祈るような気持ちで問いかける。
「五歳だ。ひとり息子でな……。商いを手伝って、このブレスレットを売ってる、いい子なんだ」
――やっぱり……。
ユリアはブレスレットを強く握りしめた。
次の瞬間、ユリアは立ち上がり、燃える建物へ向かって走り出した。
「おい! お嬢ちゃん!」
「無茶だ!!」
制止の声を背に受けながらも、ユリアは立ち止まらなかった。
――しかし
炎に包まれた建物の中から、ひとりの屈強な男が姿を現した。
その背には、小さな男の子を背負っている。
「……っ!」
「だ、大丈夫ですか?! こちらへ! すぐ手当てを!」
ユリアは叫び、男を建物の中へ導いた。
「俺は……大したことはない。それより、この子を頼む……」
男はそう言って、男の子をベッドに寝かせた。
すぐに医師のひとりが駆け寄ってくる。
「ユリア様、こちらの方は私が診ます。男の子を」
「ありがとうございます!」
ユリアは深く頭を下げた。
クリックも駆け寄り、男の子の様子を見て息を呑んだ。
「ユリア様……ご無事で……。この子は……」
「あの建物に取り残されていたそうです……。あの方が助け出してくれて……!」
ユリアは脈を取りながら答えた。
「早く……手当てを……。脈が、とても弱いんです……」
その声は震えていた。
「ユリア様……この子は……おそらく……」
クリックは言葉を濁し、眉間に深い皺を寄せた。
男の子は意識を失い、全身は黒く焼けただれている。
「だめよ……! 絶対に助ける……!」
ユリアは半ば叫ぶように言った。
「水を! 冷水を持ってきてください!」
ユリアは震える手でズボンの裾をめくり、火傷の状態を確認する。
皮膚はただれ、目を覆いたくなるほど酷い。
――火傷が……あまりにも酷い……。脈も、どんどん弱く……。
ユリアは目を閉じ、大きく息を吸った。
――……力を使えば……この子は、きっと助かる……。
……まだ、間に合う……。




