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53 言えない秘密

 ――信じて……くれたのかしら。

 疑われていないと、いいけれど……。


 朝焼けの光が、洞窟の奥まで差し込んでいた。

 気付けば雨も上がり、洞窟に残っていたのは湿った空気と、血の匂いだけだった。

 洞窟を出ると、ユリアを探していた兵士たちが、すぐ近くまで来ていた。


「ユリア様! ご無事でございましたか。良かった! お怪我など、ございませんか?」

「ええ。大丈夫よ。この洞窟で一晩、雨をしのげたから」

「そうでしたか……本当に良かったです。ですが……ユリア様と共に土砂崩れに巻き込まれた他の四名は、残念ながら……」


 兵士は悔しそうに言葉を濁した。


「……そう」

「それでも、ユリア様がご無事で何よりです。お疲れでしょうが、先へ進みましょう」


 それからユリアは、残った兵士たちと共に戦場へ向かい、負傷者の治療にあたった。

 その治療の最中も、ユリアの脳裏にはあの洞窟で出会った青年の姿が何度も浮かんでいた。


 ――あの人は、どこの国の人だったのだろう……。

 命を助けることはできたけれど、傷痕を残してしまった……。

 あの時は、ただ助けたい一心だったけれど……本当に、それで良かったのかしら……。

 青白く残ったあの傷痕を、あの人はどう思っているのだろう……。


 自分の判断で治療してしまったこと。

 消えることのない傷痕を残してしまったこと。

 そして、あの青年が自分を疑っていなかったかという不安。


 ユリアの胸には、ユーハイム国へ帰還してからも、しばらくそれらが重くのしかかっていた。

 だがその後、あの青年と再び会うことはなかった。

 自分の力に関する噂が広がることもなかった。

 そのためユリアは次第に、あの洞窟での出来事は、極限状態で見た夢だったのではないかとさえ思うようになっていた。


 あれから一年ほど経った頃。

 戦を終えたヘレンが、ユリアのもとを訪ねてきた。


「ユリア、久しぶりだな。元気にしていたか?」


 ヘレンは少し疲れた表情を浮かべながらも、穏やかに微笑んだ。


「私は元気に過ごしております。お兄様のほうが、少しお疲れのようですね。それなのに、こうして部屋を訪ねてくださり、ありがとうございます。紅茶でもお飲みになりますか?」


 ユリアはそう言って、長椅子から立ち上がった。


「ありがとう。いただこうか」

「ええ。どうぞ、おかけください」


 二人で口にしていると、ヘレンはカップを手にしたまま、慎重な面持ちで切り出した。


「今回の戦で……少し、気になる噂を耳にしてな」


 ヘレンは紅茶を置き、しばらく言葉を選ぶように視線を落とした。


「ど、どのような噂なのですか?」


 沈黙に耐えきれず、ユリアが問いかける。


「とある村で聞いた話だ。――山に、人の傷を癒す神が住んでいる、という噂だ。その神は……とある国の王子の致命傷を治したのだとか」


 ヘレンの表情は険しく、ティーカップを握る手に力がこもっていた。


「神……? ティーン国の人々のように、ヒーリングの力を持つ者がいるということですか?」

「……詳しいことは分からない。ただ、ここ数年ユーハイム国の戦況は厳しく、国外へ逃亡する兵も少なくない。お前はあまり知らないかもしれないが、ティーン国の力のことは、ユーハイム国では口外すれば死罪だ。もし……脱走兵がそれを漏らしていたとなれば、処罰は難しく、噂だけが広まる可能性がある」


 ヘレンは一度言葉を区切り、ユリアをまっすぐ見た。


「そして……今回語られている“神”が、お前である可能性も、捨てきれない」


 ユリアは、その言葉に衝撃を受けた。

 自分が噂の神であるなど、考えたこともなかった。


 ――王子の、致命傷……?


 その瞬間、洞窟で助けたあの青年の姿が、鮮明によみがえった。


 ――もし……あの青年が、どこかの国の王子だったとしたら……。


 ユリアの額に、じっとりと汗が滲んだ。


「大丈夫だ、ユリア。お前のことは、私が必ず守る。だが、もしその噂がお前に関わるものなら……今後は、より一層力の使い方に気をつけなければならない。いいな、ユリア」

「……はい。ありがとうございます……」


 ユリアは、あの洞窟で青年を治したことを――最後まで、ヘレンに打ち明けることができなかった。

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