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51 重なった記憶

 短い沈黙の後、ユリアは静かに立ち上がる。

 椅子が床に触れる、かすかな音だけが寝室に落ちる。

 

「……冷めてしまいましたね。もう一杯、いかがですか?」

「……ああ」


 ユリアはエルフナルドからティーカップを受け取り、静かに新しいハーブティーを淹れ直した。


「お待たせしました」


 ユリアがカップを置こうとした、その瞬間――

 足元が、ほんのわずかにもつれた。


 バランスを崩した拍子に、カップは傾き、中身のハーブティーが、そのままエルフナルドの上へと零れ落ちた。


「――っ」

「も、申し訳ありません!!」

 

 自分でも驚くほど大きな声が出た。

 顔から血の気が引くのを感じながら、ユリアは駆け寄った。


「や、火傷は……! だ、大丈夫ですか? お洋服を脱がれた方が――」


 咄嗟に襟元へ手を伸ばした瞬間、ユリアの手首が強く掴まれた。


「大丈夫だ。自分でやる」


 低く、短い声。

 拒絶の色が、はっきりと滲んでいた。

 

「あ……申し訳ありません……」


 ユリアは反射的に頭を下げた。

 掴まれていた手首が、ゆっくりと離された。

 

「着替えてくる。お前はもう寝ていろ」


 それだけ言うと、エルフナルドは踵を返し、寝室を出て行った。

 ほどなくして、着替えを終えたエルフナルドが戻ってきた。


「あの……本当に申し訳ありませんでした。お体は……火傷は――」

「何ともない。もう寝るぞ」


 言葉を遮るように言い切り、エルフナルドはベッドに横になると目を閉じた。


 それ以上、声をかけることはできなかった。

 ユリアはしばらくの間、眠るエルフナルドをじっと見つめていた。


 翌日。

 ユリアは薬事室を訪れ、火傷薬の調合を始めていた。

 昨夜は「大丈夫だ」と言われたものの、どうしても気がかりだった。

 以前クリックに見せてもらったアルジール国の火傷薬もあったが、南の国の薬草を使った方が効果が高い。

 いつか作ろうと思っていたその薬を、今こそ試すべきだと思ったのだ。

 庭園から採ってきた薬草を手に、奥の作業場へ向かおうとした。

 その時だった。


 ――……うめき声?


 隣の書庫の方から、かすかな声が聞こえた気がして、ユリアは足を止めた。

 気のせいかと思いながらも、導かれるように書庫へ足を向ける。

 中を見渡すと、奥の長椅子に横たわる人影があった。


「……陛下……?」


 そこには、苦しそうな表情で眠るエルフナルドの姿があった。

 そっと近付くと、額には大粒の汗が浮かび、呼吸も浅い。

 エルフナルドは無意識のまま、左肩を押さえるように擦っていた。


 ――……苦しそう……。

  やっぱり、昨日の火傷が……。


 ユリアの胸がざわついた。

 昨夜、触れようとした時に手首を掴まれたことが脳裏をよぎる。

 躊躇いながらも、どうしても確かめずにはいられなかった。

 ユリアはそっと襟元のボタンに手をかける。

 一つ、また一つと外し、シャツをめくった、その瞬間――

鎖骨から左肩にかけて、はっきりと残る青白い傷痕が目に入った。


「……っ」


 息を呑み、ユリアは思わず後ずさる。


 ――火傷の……痕じゃ、ない……。


 心臓が激しく打ち、喉がひくりと鳴った。


 ――この傷……。

  私が、治した痕……。


 信じられず、もう一度だけ、そっと確かめる。


 ――間違いない。


 そして、この大きさ、この位置――

 これは、あの時の――


 ユリアは耐えきれず、その場にしゃがみ込み、頭を抱えた。

 喉の奥から、声にならない息だけが零れ落ちた。

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