4 前夜
数日後。
エルフナルドは、とある屋敷の一室で辺境伯令嬢のジュリアンヌと会っていた。
「お久しぶりでございます、エルフナルド様。なかなかお呼びくださらないので、私とても寂しくしておりましたわ」
「馬鹿なことを言うな。私が相手をせずとも、お前には相手などいくらでもいるだろう」
「それはそうですけれど……私、あなたとの相性が一番いいの。早く抱いてくださいませ」
「……その前に、今日は話がある」
「話は後でいいわ。とにかく早く。もう我慢できないの」
その声には、駆け引きも遠慮もなかった。
ただ欲しいものを欲しいと言う、彼女らしい率直さだけがあった。
逃げ道を塞ぐように距離を詰められ、エルフナルドは視線を外す。
その沈黙を合図にしたかのように、ジュリアンヌはためらいもなく歩み寄り、唇を重ねた。
エルフナルドは一瞬だけ目を伏せ、それを拒むことはしなかった。
そのまま彼女を抱き寄せ、無言でベッドへと導く。
――情事を終えた後、目を覚ましたジュリアンヌが身を起こすと、エルフナルドはすでに身なりを整え、部屋の長椅子に腰掛けていた。
「エルフナルド様、申し訳ありません……そのまま眠ってしまったみたいで」
「構わない。私も少々激しくしすぎた。身体は大丈夫か?」
「ええ……。あんなエルフナルド様、初めてでした。とても良かったですわ」
満足そうに微笑みながら、ジュリアンヌは裸のまま身体を起こした。
「何か……ございましたか? いつもはお優しいのに、あんなふうに感情的になるなんて」
エルフナルドはベッドに近付き、自身のガウンをジュリアンヌの肩にかけてから腰を下ろした。
「……ユーハイム国の姫を娶ることになった」
視線を合わせぬまま、淡々と告げる。
「お前との関係も、これまで通りにはいかないだろう」
「ど、どういうことですか!? エルフナルド様のお相手は、私のはずでしょう? どうして敗戦国の姫など……!!」
動揺したジュリアンヌは、思わず声を荒げた。
「私が王になるために、必要なことだ」
その言葉と同時に、先ほどまでの熱が嘘のように、部屋の空気が冷えていくのを感じた。
ジュリアンヌは辺境伯爵の令嬢であり、以前からエルフナルドの妃候補と噂されていた。
舞踏会では常に彼の隣に立ち、将来は自分が王妃になるものと信じて疑っていなかった。
だからこそ、エルフナルドが他の女性と関係を持とうとも気にも留めていなかった。
そしてジュリアンヌもまた、自由に振る舞ってきた。
それは余裕であり、確信であり、揺るがぬ未来への信頼だった。
いずれエルフナルドと結ばれる――そう疑いもしなかったからだ。
しかし、その前提が崩れた今。
ジュリアンヌはしばらく言葉を失った。
やがて小さく息を整え、「分かりました」とだけ告げた。
エルフナルドが、一度決めた事を決して覆さない男だということを、彼女もよく知っていた。
しばしの沈黙の後、ジュリアンヌが静かに口を開いた。
「…エルフナルド様。政略の婚姻であれば、夜のお相手は、今後もしてくださるのですよね?」
そう囁きながら、彼の首元へ指を伸ばした。
「………お前が、それでいいのなら」
「では……もう一度」
ジュリアンヌはそう言って、再びエルフナルドに身を寄せた。
ニ人は言葉を交わすことなく、部屋には微かな吐息と肌を合わせる音だけが響いていた。
――それでも、彼の脳裏から、その存在だけは消えなかった。
ユーハイム国の姫。
名も知らぬ、これから迎えるはずの妻の存在が。




