46 話せないこと
「……出過ぎた真似をしてしまって、申し訳ありませんでした。あまりにもユリア様のことを仰るので、つい……」
アリシアは申し訳なさそうに、深く頭を下げた。
「アリシア、謝らないで。庇ってくれてありがとう。嬉しかったわ」
ユリアはそう言って、アリシアに微笑みかけた。
二人はそのまま馬車に乗り、王宮へと戻った。
自室に戻ると、ユリアは長椅子に腰掛け、先ほどのお茶会でミラベルに言われた言葉を思い返していた。
窓の方を見つめ、黙り込むユリアの横顔に、アリシアはためらいながら声をかけた。
「あの……ユリア様。今日、ミラベル様が仰っていたことですが……。キャロル様の求婚を陛下がお断りになったとしても、そんなことでこの国が危機に陥るなんて、あるはずがございません。それに……ユリア様のせいでもありません」
「うん。ありがとう、アリシア……」
ユリアは小さく笑ったが、その表情はどこか寂しげだった。
「……ただね、私って何のためにこの国にいるんだろうって、改めて思ってしまって。先王陛下は後継ぎを望んでいらっしゃったけれど、陛下は……そうじゃないの」
アリシアは胸が締め付けられる思いで、黙ってユリアを見つめた。
ユリアは窓の外に視線を向けたまま、さらに言葉を続ける。
「あの日……陛下は、私とは世継ぎを作らないから、いずれ第ニ夫人を迎えると仰っていたわ。でも、それもまだで……。それなのに、キャロル様の求婚を断られた理由が、どうしても分からなくて……」
そう言うと、ユリアは膝を抱え、その場にうずくまった。
「……ねえ、アリシア」
かすれた声で、ユリアは続けた。
「今日、ミラベル様から陛下がキャロル様の求婚を断ったと聞いて……本当は、少しだけ嬉しかったの……。陛下の王妃は、まだ私だけなんだって。この日常が、まだ続くんだって……」
ユリアは自嘲するように首を振った。
「でも……国の情勢が変わるかもしれないって聞いて……私、この国のことなんて、何も考えていなかった。ただ、自分のことばかりで……」
「ユリア様……」
小さく肩を震わせるユリアに、アリシアは近付き、そっと背中に手を添えた。
「私が望んでいる日常は……この国にとって、何の発展にもならないのよ。私が王妃でいる限り、この国のお荷物なだけ……。ミラベル様の言っていることは、正しいの」
「ユリア様……お荷物だなんて、そんなこと仰らないでください」
アリシアは背中をさすりながら、必死に言葉を紡ぐ。
「私は、ユリア様がこの国に来てくださって、本当に良かったと思っています。ユリア様の侍女になれて、毎日楽しいです。ユリア様は、私に文字を教えてくださったじゃないですか。ユリア様のおかげで今は、文字も書けるし本も読めます。ユリア様が育てていらっしゃる薬草だって、人々のお役に立っているじゃないですか。これのどこがお荷物だって言うんですか?」
「でも……そんなこと、王妃でなくてもできるわ」
「今は陛下が世継ぎを作らないと仰っていても、これから先は分からないじゃないですか。もしかしたら、いずれユリア様とのお子を――」
アリシアの言葉に、ユリアは一瞬、息を詰めた。
「それは無理よ!!」
突然、ユリアが顔を上げ、叫んだ。
「私に、陛下のお子を産むなんて……私は、子供なんて絶対に産んではいけないの!!」
「ど、どうしてですか……?」
アリシアは突然の剣幕に驚きつつ、戸惑いながら問い返した。
「……ごめんなさい。取り乱したわ。何でもないの……。もう、この話はおしまいにしましょう」
アリシアは何かを言いかけたが、結局それ以上は踏み込まなかった。
ユリアは、これほど心配してくれるアリシアに、何一つ話せないことが胸に痛んだ。
いっそ、すべてを打ち明けてしまえたら――。
小さく息を吐き、ユリアは目を閉じた。
――アリシア、ごめんね……。
何も話せないの。
私の……秘密は、一生、誰にも話してはいけない。
あの日、お兄様と約束したのだから……。
閉じた瞼の隙間から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
そして、兄と交わした、あの日の約束を思い出していた。




