45 お茶会
招待されたお茶会は、王宮からほど近い伯爵令嬢の屋敷で開かれた。
お茶会当日、ユリアは数人の護衛騎士を引き連れ、馬車で屋敷へと向かった。
本来であればアリシアは王宮に残すつもりだったが、同行すると聞かず、結局一緒に屋敷を訪れることになった。
お茶会が始まると、令嬢たちは今流行りのドレスやアクセサリーの話で盛り上がっていた。
ユリアにとってはあまり興味のない話題ばかりだったが、話に加わらないわけにもいかず、適度に相槌を打ってやり過ごしていた。
すると、ひとりの令嬢が、婚約者から贈られた花がとても素敵だったと話し始めた。
他の令嬢たちは小さく頷く程度で、あまり関心がなさそうだったが、ユリアはどんな花なのか気になり、思わず身を乗り出して尋ねた。
「それは、どのようなお花なのですか? この国のお花でしょうか?」
そう問いかけると、令嬢はぱっと表情を輝かせ、ユリアを見た。
「隣国のお花だそうですの。気候もほとんど変わらないから、アルジール国でも育てやすいと聞いて、庭師にお願いして種を植えてもらいましたのよ!」
とても嬉しそうに語る令嬢に、ユリアも自然と笑顔になった。
「それは素敵ですね。咲いたら、ぜひ私にも拝見させてください」
「まあ! ぜひいらして!」
二人はしばらく花の話で盛り上がった。
後ろに控えていたアリシアは、久しぶりに楽しそうに談笑するユリアの姿を見て、安堵したように微笑んでいた。
やがてお茶会がお開きとなり、ユリアは席を立ち、アリシアとともに馬車へ向かった。
その途中、後ろから声をかけられ、ユリアは足を止めて振り返った。
そこに立っていたのは、以前アルジール国の舞踏会で声をかけてきたミラベルだった。
「ユリア様、ごきげんよう。お久しぶりでございますわね」
「ミラベル様……お久しぶりでございます」
嫌な予感が胸をよぎったが、無視するわけにもいかず、ユリアは立ち止まった。
アリシアは一歩下がり、二人の様子を静かに見守る。
「ユリア様は先日、エルフナルド様とルトア国へ招かれたそうですわね」
ミラベルはユリアをまっすぐ見据えて言った。
「はい。とても素敵なお国でした。貴重な経験をさせていただきましたし、キャロル様も、とても可愛らしいお方でございました」
ルトア国で見た花々や、キャロルの明るい笑顔を思い出しながら、ユリアはそう答えた。
「そうですわね。私もキャロル様には何度かお会いしておりますが、本当に素晴らしいお方ですわ」
ミラベルは一度微笑んだ後、その笑みをすっと消した。
「ところで……ユリア様は、アルジール国とルトア国の関係について、もちろんご存知ですよね?」
声色が低くなり、視線が鋭くなる。
「お恥ずかしながら、詳しい知識はなく……ルトア国へ向かう前夜に、陛下から教えていただきました。昔から交流の深い、大切なお国だと」
ユリアは正直に答えた。
「その通りですわ。アルジール国にとって、非常に重要な貿易国です。それに……エルフナルド様とキャロル様は幼い頃からのご縁。いずれはご婚約されるものと、両国の多くの者が思っておりました」
ミラベルは一息つき、さらに言葉を重ねる。
「私も含め、キャロル様であれば、陛下のお相手としてこれ以上ない方だと……」
そこまで言うと、ミラベルは眉間に皺を寄せ、ユリアを睨むように見た。
「ですが今回、ルトアの晩餐会の席で……キャロル様の方から、エルフナルド様に婚約のお申し出があったそうですの。……それを、陛下はお断りになられたとか」
「……え?」
思いがけない話に、ユリアは目を見開いた。
その様子を見て、ミラベルの苛立ちはさらに強まる。
「今、初めて聞いたという顔ですね? 冗談もほどほどにしてちょうだい! 貴方が何か吹き込んだのでしょう? でなければ、キャロル様の求婚を断る理由などありませんわ!」
声を荒げるミラベルに、ユリアは言葉を失った。
「……私は、何も――」
「ふざけないで!!」
ミラベルは一歩踏み込み、怒りを露わにする。
「ルトア国の王女からの求婚を断る意味が、お分かり? 両国の関係が崩れる危機なのよ! 国の情勢が変わるの!」
言葉は止まらない。
「本来はリヒター様が王となり、エルフナルド様は騎士団長として国を支える未来だった。だけどリヒター様が亡くなられて……」
ミラベルは悔しそうに唇を噛む。
「王位はエルフナルド様に譲られ、前線を退かれた。王が戦に出ることは許されないからよ……。その結果、貴方の国ユーハイムとの戦争は長引いた」
ユリアの胸に、点と点が繋がっていく。
「最終的には勝利したけれど……戦に強い国として知られていたこの国は、周囲から様々なことを言われるようになったのよ……」
ユリアは、ようやく理解した。
戦争が長引いた、その裏にあった事情を。
自国がすぐに敗れると思い、兄を止めたあの時。
まさか、そんな背景があったとは――。
「ルトア国との信頼を強めるため、今はとても重要な時期なのです。陛下がそれを分からないはずがないわ」
ミラベルは、怒りと焦りを滲ませながら言った。
「だから……陛下がそんな決断をなさるはずがないのよ。貴方、一体何を言ったの?」
詰め寄られ、ユリアは静かに首を振った。
「私は、本当に何も申し上げておりません……。申し訳ございません」
ユリアは深く頭を下げた。
怒りを募らせるミラベルの前で、それ以上言える言葉はなかった。
「謝れば済む問題じゃないのよ? 貴方、周りの女性たちからエルフナルド様を奪っておいて、次はこのアルジール国を危機にさらすおつもり? どれだけ不幸を呼び込めば気がすむの? 貴方はアルジール国のためにも、この国にいるべきではないわ!」
「ミラベル様、もうおやめください!」
ミラベルのあまりの剣幕に、アリシアが思わず声を上げた。
「侍女の分際で、話に割って入るというの? 身分をわきまえなさい!」
侍女に口を挟まれたことがよほど気に障ったのか、ミラベルは鋭くアリシアを睨みつけた。
「も、申し訳ありません……」
アリシアはそう言って、慌てて頭を下げた。
「貴方、王妃なのよ? 侍女くらい、きちんと教育なさったらどうなの? こんな礼儀のなっていない侍女が側についているなんて、この国の恥ですわ」
ミラベルは顎でアリシアを示し、吐き捨てるように言った。
「アリシアを悪く言うのは、おやめください」
アリシアのことを侮辱され、ユリアは思わず声を強めた。
「この子は、とても優秀な侍女です」
「……もういいわ。とにかく、自分がどうするべきか、よく考えることね」
ミラベルはそう言い残すと、踵を返して屋敷を後にした。
その背中を見送るユリアの胸には、言葉にできない重さだけが、静かに沈んでいった。




