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44 ためらいの中で

 事件以降、ユリアはほとんど外出することなく、部屋に籠もって過ごす日が続いていた。

 庭園へ行く時間も、クリックが王宮から帰るであろう夕方以降をあえて選び、なるべく顔を合わせないようにしていた。

 そんな生活が続く中、ユリアが自室で本を読んでいると、アリシアが訪ねてきた。


「ユリア様、今度アルジール国の数名のご令嬢の方々でお茶会があるそうで、ユリア様宛に招待状が届いておりますが、いかがなさいますか?」


 最近ずっと部屋に籠もりきりのユリアを気にかけ、アリシアはあえて明るい話題を選んだ。


「参加しなくてもよいのであれば……今回は遠慮しておくわ……」


 ユリアは読んでいた本から視線を外し、アリシアを見た。


「……せっかくの機会ですし、行かれてみてはどうですか? 今回のお茶会は大人数でもありませんし、きっと気分転換にもなります。それに……最近、ずっとお部屋ばかりですし……」


 断られると分かっていながらも、アリシアはもう一度だけ背中を押した。


「部屋ばかりではないわ。庭園にも行っているもの」


 ユリアは視線を逸らし、小さな声で答えた。


「そういう意味ではございません! それに……ユリア様らしくありません」


 それは、責める言葉ではなく、心配が募った末の声だった。


「ごめんね、アリシア……。でも、どうしても気が進まないの。お茶会に参加すれば、護衛の方々も何人も動くことになるでしょう? 皆様に余計な負担をかけたくないの」


 事件以降、エルフナルドの命でユリアには専属の護衛が付き、庭園へ向かう際にも常に護衛が同行するようになっていた。


「……迷惑だなんて、そんなことは……」


 アリシアは、ユリアの苦しそうな表情を見て、それ以上言葉を続けられなかった。


「……」


 ユリアもまた、何も言えず沈黙した。


「招待状のお返事の期限は、まだ先です。もう少しだけ……考えてみてください」


 そう言って、アリシアは一礼した。


「……ええ、わかったわ」


 ユリアは小さく微笑み、それだけを答えた。


 その晩は、三日に一度と定例になっていた、エルフナルドと寝室で過ごす日だった。

 ユリアはいつものように椅子に腰掛け、本を読みながらエルフナルドを待っていた。

 いつもより少し遅い時間に現れたエルフナルドは、寝室に入るなり、ユリアの向かいにある長椅子に腰を下ろした。

 

「ご公務、お疲れ様でございます。……何かございましたか?」


 少し驚きながら問いかけると、エルフナルドはちらりとユリアへ視線を向けた。


「少しくらい外に出たらどうだ。お前の侍女が心配している」


 ぶっきらぼうな口調だった。

 だが、目の端や眉のわずかな動きに、ユリアを案じる気持ちが表れていた。


「侍女や薬師が怪我をしたのは、お前のせいじゃないだろう。いつまで部屋に籠もるつもりだ。……辛気臭いぞ」

「……私が外に出ると、護衛の方々も同行しなければなりません。皆様のお仕事を増やすよりは、その方が良いかと……」


 俯いたまま答えたユリアの胸には、別の思いが渦巻いていた。

 自分の周囲の者ばかりが傷つけられているという疑念。

 それが“偶然ではないのではないか”という不安。

 だが、犯人が自分の力を確かめているのではないかなどと、口にできるはずもなかった。


「そんなことを気にするな。お前の侍女のためにも、外に出てやれ。……今日、あいつが俺のところへ来た」

「アリシアが……陛下のところへ?」


 思わず、ユリアは顔を上げた。


「このままだと、お前の侍女まで一緒に籠もることになるぞ」


 半ば脅しのような言葉だったが、仕草の端々、肩のわずかな動き、言葉の間の間合いから、ユリアを案ずる気持ちが静かに伝わる。

 ユリアはしばらく考え込んだ後、ゆっくと口を開いた。


「……わかりました。陛下にまでご心配をおかけし、申し訳ありませんでした。ご令嬢の方々が集まるお茶会に招待されておりますので、そちらに参加いたします」


 深く頭を下げる。


「ああ。そうしろ」


 エルフナルドはそれだけ言うと、長椅子を立ち、ベッドに入った。


 ユリアは椅子に座ったまま、静かに思考を巡らせていた。


 ――このままではいけないわよね……。

 アリシアにも、陛下にも、これ以上心配をかけるわけにはいかない。

 お茶会に参加して、少し顔を出して帰るだけ……それなら、きっと。


 目を閉じて考え込むユリアの横顔を、エルフナルドはベッドに横になったまま、しばらく黙って見つめていた。

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