43 噂
事件の犯人を捕まえるべく、エルフナルドはあらゆる手を尽くしてきた。
だが、約一ヶ月が経った今も、決定的な情報は得られないままでいた。
そんな折、いつものように執務室で書類に目を通していると、扉をノックする音が響き、カリルが入室してきた。
「お忙しいところ、失礼いたします。ユリア様のことで、一つ情報が入ってきたようなのですが……」
その言葉に、エルフナルドは書類から目を離し、カリルへ視線を向けて小さく息を吐いた。
「事件の件ではないのか……。あいつのこととは、どんな内容だ?」
問いかけると、カリルは一瞬、言葉を探すように視線を彷徨わせ、少し言いにくそうな表情を浮かべて口を開いた。
「それが……ユリア様がユーハイム国にいらした頃、戦争に参加されていたという話が出てきまして……」
エルフナルドは、思わず眉をひそめた。
「どういう意味だ? あいつは王女だろう。まさか戦闘要員だったわけではあるまい」
「……詳しいことは、まだ分かっておりません。私も最初は誤情報ではないかと思ったのですが、戦場でユリア様を見たことがある、という者がいるそうなのです……」
歯切れの悪いカリルの言葉に、エルフナルドの表情はさらに険しくなる。
「誰だ、その者は」
「隣国の負傷兵だそうで……」
そこまで言って、カリルは一瞬言葉を詰まらせた。
「怪しいな。その兵は、いつ頃見たと言っている?」
「はっきりとは分かりませんが、かなり前の話のようです。ただ、その負傷兵は戦で重傷を負い、帰還後は長年療養が続いているらしく……詳しい証言を聞くのは難しい状況だそうです」
エルフナルドは目を閉じ、腕を組んで考え込んだ。
ルトア国へ向かう際、手助けも要らず軽々と馬に乗ったこと。
洞窟で迷いなく火を起こしたこと。
不自然とまでは言えないが、引っかかる点はいくつも思い浮かぶ。
「……追加の情報は必要だが、完全に否定できる話でもないな。お前も、そう感じているんだろう?」
目を開けて問いかけると、カリルは小さく頷いた。
「……はい。“戦争に参加していた”と聞いた時点では、眉唾だと思いました。ただ、ルトアへ向かう際のユリア様の様子を思い返すと……」
言葉を濁したカリルに、エルフナルドは深く息を吐き、椅子の背に身を預けた。
「……も、申し訳ございません」
カリルは慌てて頭を下げた。
「いや、構わない。仮に事実だとしても、だ。なぜ王女であるあいつが、戦争に参加する必要があった? 何のために……?」
しばらく沈黙が落ちたあと、エルフナルドは再び口を開いた。
「……あいつを見たと言っているのは、その負傷兵一人だけか?」
「はい、今のところは」
「……そうか」
二人は、またしばし黙り込んだ。
「なあ、カリル。あいつの侍女や薬師が襲われた件と、父上があいつを娶りたがった理由、そして跡継ぎを急いだこと……何か関係があると思うか?」
エルフナルドは目を閉じ、こめかみに指を当てた。
「……現段階では何とも言えません。ただ、ユリア様が何かを隠している可能性は否定できないかと。ただし、それが我々に言いにくいだけの個人的な事情であれば良いのですが……。直接、ユリア様にお聞きするのはいかがでしょうか」
「いや……それは得策じゃない」
即座にエルフナルドは首を振った。
「こちらが疑っていると悟られれば、余計に口を閉ざすだろう」
「……ですよね」
「この前襲われた薬師に話を聞いてくれ。あいつと薬師は、かなり頻繁に会っているはずだ。俺からの命だと伝えれば、無闇に隠し立てもできないだろう。ただし、探っていることは絶対にユリアに知られるな」
「承知しました。早急に手配いたします」
カリルは深く一礼し、執務室を後にした。
扉が閉まると、エルフナルドは顎に手を当て、再び思考に沈んだ。
――あいつが戦争に参加していたという話……おそらく事実だ。
馬にも慣れている。野営にも動じない。負傷者の手当ても異様なほど手際がいい。
だが、それだけで王女を戦場に出す理由になるのか?
――父上だけではない。
あいつ自身も、俺に言えない何かを抱えている……。
考えれば考えるほど、答えは遠ざかる。
それでも、疑わずにはいられない自分自身に、エルフナルドは深くため息をついた。




