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42 不安の余韻

 市場の医局に着くと、すぐに治療が始まった。

 ユリアは、その様子を一歩も離れず見守っていた。

 背筋を伸ばし、指先に力を込めながらも、胸の奥でざわつく不安を必死に抑え込んだ。

 

「やはり応急処置がお見事です。今日の圧迫箇所も完璧でした。この位置は、止血を誤ると出血量が一気に増えます。それを正確に押さえておられた。是非、うちの医局で講義をお願いしたいくらいですよ」


 以前、アリシアを手当てした医師が、感心したように言った。


「……ありがとうございます」


 ユリアは小さく微笑んだが、喜びよりも胸の重さを強く感じていた。

 ユリアの頭の中は、先ほどの出来事でいっぱいだった。

 門番に襲われたクリックの姿、慌てて止血した自分の手の感触、血の匂いと、あの瞬間の恐怖――。

 

「……ただ、この傷ですが。前回手当てした方と、同じ人物が犯人かもしれません。傷の入り方が非常によく似ています。同じ刃物でしょう。お二人とも右側を刺されている点から、犯人は左利きの可能性が高いです」


 医師の言葉に、ユリアの胸がざわついた。

 クリックは縫合を終えた腹部にそっと手を添え、浅く息を整えてから口を開いた。

 

「……ですが、なぜ私が狙われたのでしょうか。前回はユリア様が襲われそうになり、アリシア様が助けてくださいました。ですが今回は、明らかに私が狙われていたように思えます……」


 クリックの言葉を、ユリアは静かに聞きながらも、胸の奥が締めつけられる思いを感じていた。

 その時、医局の扉が叩かれ、ユリアが顔を上げると、そこに立っていたのはエルフナルドとカリルだった。


「……陛下!」


 ユリアは驚きのあまり、思わず立ち上がった。


「襲われたと聞いた。お前は無事か」


 エルフナルドの額には、わずかに汗が滲んでいた。

 その視線は鋭くも優しく、ユリアは胸がぎゅっとなる。


「は、はい。私は無傷でございます」


 深く頭を下げるユリアに、エルフナルドは一瞬だけ安堵の色を見せた。


「……そうか。貴方は、もう大丈夫なのか?」


 視線をクリックに移す。

 クリックが立ち上がろうとすると、エルフナルドが低く制した。


「そのままでいい。痛むだろう」

「……申し訳ありません。手当てをしていただいたので、ご心配には及びません」

「陛下、この方の傷は問題ありません。王妃様の応急処置のおかげで、出血も最小限でした。内臓の損傷もなく、縫合のみで済みました」


 医師の言葉に、ユリアは思わず視線を逸らした。


「……どのような者に襲われた?」

「門番だと聞きましたが、すり替わっていたようです」


 ユリアとクリックの話を聞き終えると、エルフナルドは深く息を吐いた。


「……調べてはいるが、まだ掴めていない。人数を増やして、徹底的に洗う」


 そう言って、エルフナルドは席を立った。


 ユリアはエルフナルドと共に馬に乗り、王宮へ戻っていた。

 彼の背中で、ユリアの脳裏には、あの男の言葉が何度も蘇っていた。


 ――「早く治せ」と、確かに言っていた……。


 逃げることもせず、治療の様子を見ていたこと。

 今回の標的が、自分ではなくクリックだったこと。


 ――やはり、アリシアの時も……。


 ユリアは目を閉じ、エルフナルドの服を掴む手に力を込めた。


 ――私に、力があるかどうかを確かめている……。


 その考えに、胸が締め付けられる。


 ――でも、どうして……。私はもう、力を失ったのに……。


 それでもなお疑う者が、この国に、あるいはその近くにいる。


 ――これ以上、私の側にいる人が傷つくなんて……。


 エルフナルドは、ユリアの手に力が込められていることに気付いていた。

 だが、あえて何も言わず、ただ前を見据えて馬を走らせた。


 ――必ず、犯人を突き止める。


 彼はそう、静かに誓っていた。

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