41 書庫の静寂
数日後、ユリアが書庫に入ると、奥の長机に何冊も本が積み重ねられているのを見つけた。
何事かと思って近づいてみると、クリックが側に立っていた。
「クリック様、これは何かに使われるのですか?」
ユリアは大量の本を見ながら、クリックに尋ねた。
「明日、市場の医局で勉強会があるのですが、そこで使う本なんです。これを今から医局へ運ぼうと思っているんですよ」
クリックは額の汗を拭いながら答えた。
「この量を全て持っていかれるのですか?」
ユリアは驚いて、もう一度長机にある本を見た。
「量が多いのは想定しておりましたので、馬車を手配してあるんです。だから馬車まで運べば後は大丈夫なんです」
「そうだったんですね! では私も門までお手伝いいたしますよ」
ユリアはそう言って、山積みになった本の山を持ち上げた。
「いけません! ユリア様にそんなことをお願いするわけには!!」
ユリアが持ち上げた本の山を取ろうと、慌ててクリックが近付いた。
「私、力持ちなんですよ。これくらいの重さでしたら大丈夫ですから! ニ人でぱっぱと運んでしまいましょう!!」
ユリアはクリックに本の山を渡すことなく、門の方へとスタスタと歩いて行った。
「……ありがとうございます。では門までお願いいたします」
クリックは頭を下げると、自分も本の山を持って門まで一緒に運んだ。
ニ人で協力して本を運び、三往復ほどする頃には全ての本を運び終わった。
「ユリア様ありがとうございました。 とても助かりました。」
最後の本を積み入れると、クリックがユリアにお礼を言った。
「とんでもございません。 いつも助けていただいていますので、お互い様ですよ」
ユリアはニッコリと笑いかけた。
「ではユリア様。私はこれで失礼いたします」
クリックはそう言ってユリアに頭を下げ、馬車に乗り込もうとした。
その瞬間、側に立っていた門番が、突然クリックに襲いかかった。
ドンッッ!!
あまりに一瞬の出来事で、ユリアは何が起きたのか理解できなかった。
しかし、クリックがその場に崩れ落ちるように倒れたのを見て、事態を悟った。
「クリック様!! クリック様!! 大丈夫ですか!? しっかりしてください!!」
ユリアは駆け寄り、必死にクリックの名を呼んだ。
「うぅ……」
クリックは腹部を押さえ、苦しげにうずくまっていた。
その指の隙間から、大量の血が溢れ出している。
襲った男は逃げる様子もなく、クリックを見下ろしていた。
「おい。早くしろ!」
男が怒鳴り声を上げた。
ユリアは意味が分からず、思わず男を見上げる。
「……な、何をおっしゃっているのですか……?」
問いかけると、男は苛立ったようにユリアを睨みつけた。
「分からないのか? 早く治せと言っているんだ」
その言葉に、ユリアの胸が強く脈打った。
男とクリックを交互に見て、ほんの一瞬、考え込む。
しかし、クリックの苦しげな呻き声にはっとして、再び傷口に目を落とした。
出血量は多いが、刃の入り方から見て、致命的に深い傷ではなさそうだ。
「クリック様、大丈夫です。傷は深くありません。すぐ手当ていたしますから」
ユリアはそう言って、自分の服の裾を裂き、腹部にきつく巻きつけた。
「……まさか、こいつ、本当に……」
男が独り言のように呟いたが、ユリアの耳にはほとんど届かなかった。
彼女の意識は、ただクリックを助けることだけに集中していた。
その時、後方からもう一人の男が現れ、襲撃した男に声をかけた。
「おい、人が来る。もう行くぞ!」
「だが、こいつ、まだ——」
「もういい。急げ!!」
バタバタッ
護衛たちが異変に気付き、こちらへ向かってくる足音が響く。
男たちはそれに気付くと、慌ただしくその場を逃げ去っていった。
「王妃様!! どうなされたのですか!?」
血相を変えた護衛騎士の一人が駆け寄ってきた。
「門番の男に、クリック様が襲われました。襲った男たちは、あちらへ逃げて……とりあえず、クリック様を——」
そう言いかけたところで、クリックが痛みに耐えながら身体を起こした。
「ユ、ユリア様……。おかげで出血は、ほぼ止まっています……。このまま市場の医局で、残りの手当てを受けますので……ユリア様は王宮に……」
「そんなこと、できません! 私も行きます!」
「ですが……」
渋るクリックを制するように、護衛騎士が口を挟んだ。
「とにかく参りましょう。他の護衛も呼びます。王妃様は我々がお守りしますので、ご安心ください」
護衛騎士はクリックを支え、馬車へと乗せた。
ユリアもすぐ後ろに続き、馬車に乗り込んだ。
馬車の扉が閉まると、ユリアは小さく息を吐いた。
――これから医局で残りの手当てを受ければ、クリック様は大丈夫。
そう信じて、彼女は前を見つめた。
馬車はゆっくりと街道を進み、王宮の門を越えていく。
ユリアの胸には、まだ緊張の余韻が残っていたが、その気持ちを握りしめながら、彼女はクリックの無事を願い続けた。




