40 二度目の市場
市場に到着すると、エルフナルドはユリアにフードを差し出した。
「一応、フードを被っておけ」
そう言って、自身もフードを被る。
二人は人混みの中へと紛れ込み、ユリアの目当てである植物の売り場へ向かった。
露店をいくつも巡りながら、ユリアは夢中で品定めをしていた。
買い物を終えた頃には、二人の手にはいくつもの荷物が抱えられていた。
「たくさん買っていただき、ありがとうございます」
「構わん。それより、本当に大丈夫か? そっちの荷物も持ってやるが……」
エルフナルドは、ユリアの腕いっぱいの荷物を見て言った。
荷は顔の高さほどまで積み上がり、ユリアは何とか前を見ながら歩いている状態だった。
「だ、大丈夫です! 私が欲しいと言って購入していただいたものを、これ以上陛下に持っていただくわけには……」
すでに半分以上の荷物を持ってもらっているユリアは、これ以上はと、残りを必死に抱え込んでいた。
本当は、ここまで買うつもりはなかった。
だが、少しでも興味を示すたびに、エルフナルドが「買えばいい」と言って聞かなかったのだ。
「転ばないように気をつけろ」
エルフナルドがそう言った直後、ユリアは足元の小石に躓き、バランスを崩した。
「あ……!」
辛うじて転倒は免れたものの、よろめいたまま立ち止まる。
エルフナルドは、呆れたようにユリアを見下ろした。
「……ほら、言わんこっちゃない。荷物を貸せ」
エルフナルドは、ユリアから半ば強引に荷物を奪い取ると、そのままさっさと歩き出した。
慌てて追いかけようとした瞬間、ユリアは誰かに服の裾を引かれた気がして、思わず足を止めて振り返った。
そこには、五歳くらいの男の子が、小さな手でユリアの服の裾を掴み、見上げていた。
「お姉ちゃん。これ、落としたよ」
男の子の小さな手には、先ほどエルフナルドに買ってもらった植物の種の袋が握られていた。
「あら……本当ね。全然気付かなかったわ。ありがとう」
ユリアがそう言うと、男の子はにっこりと笑い、袋を差し出した。
それを受け取りながら、ユリアは男の子の両腕につけられた、色とりどりの石のブレスレットに目を留めた。
「そのブレスレット、どうしたの?」
「これ? これはね、お父さんが作ってるんだ! 幸せになれるブレスレットでね、願いも叶うんだよ!」
男の子は両腕をユリアの前に突き出し、目をきらきらさせながら誇らしげに言った。
「とっても素敵ね」
ユリアは思わず、そのブレスレットに手を伸ばした。
「お姉ちゃんも、お父さんが作ったブレスレットを見に来る?」
「そうね。せっかくだから、自慢のコレクションを見せていただこうかしら」
「いいよ! こっち!」
男の子はユリアの腕を引いて、ぐいぐいと歩き出した。
一瞬、エルフナルドの足が止まる。
だが、相手が子どもだと分かると、小さくため息をついて後を追った。
少し進んだ先にある小さな店先には、男の子が腕につけていたものと同じブレスレットが、色とりどりに並べられていた。
「いろんな色があるのね。とても綺麗……。お父さんはどこにいらっしゃるの?」
ユリアが周囲を見渡して尋ねると、男の子は少し俯いた。
「今日はね、お父さんは別のお仕事をしてるんだ。だから、僕が売ってるんだけど……今日はなかなか売れなくて」
そう言って、男の子は自分の腕のブレスレットを指でなぞった。
「それなら……私に一つ、売ってくれないかしら?」
「本当? 買ってくれるの?」
男の子の表情が一気に明るくなる。
ユリアは並べられたブレスレットをじっと見比べ、ひとつを手に取った。
「これをいただこうかしら」
それは、深い青色のブレスレットだった。
明るい色や華やかなものもあったが、なぜかその青が一番、目を引いた。
「お兄ちゃんも、同じのを買うだろ?」
男の子が、ユリアの隣で様子を見ていたエルフナルドに声をかけた。
「……なかなか強引な店員だな」
エルフナルドはそう言いながらも、男の子に視線を向ける。
「だって、恋人同士はお揃いのブレスレットをつけるものでしょ?」
男の子はにやりと笑い、同じ青のブレスレットをエルフナルドに差し出した。
一瞬、エルフナルドは目を見開いたが、すぐに目を細め、小さく笑った。
「……商売上手だな。分かった。この二つをもらおう」
エルフナルドはそう言って男の子に代金を支払い、ブレスレットを受け取った。
片方を自分の腕にはめ、もう一つをユリアに差し出す。
「ほら」
ユリアが手を差し出した。
少し戸惑いながらも、嬉しそうに指先を伸ばした。
エルフナルドはそっとその手首を取り、慎重にブレスレットを滑らせて腕に通す。
彼の手のぬくもりが、ほんの一瞬、ユリアの手に残る。
――陛下の瞳の色によく似ていて……とても綺麗。
エルフナルドは視線を逸らさず、ユリアの様子を静かに見守っていた。
二人の手元で揺れる小さな輪が、静かに光っていた。
ニ人は再び馬に乗って王宮へと戻った。
手綱を握るエルフナルドの腕に軽く触れ、自然と指先がブレスレットに当たる。
その感触にユリアは微笑む。
「……陛下、ブレスレット……本当にありがとうございます。とても嬉しいです。大切にします」
ユリアは小さな声でつぶやいた。
「もう何度も聞いた。そんなに気に入ったのか?」
エルフナルドはユリアに尋ねる。
「はい。とっても」
ユリアは、そっと自分の腕と陛下の腕を見比べた。
「そうか。気に入ったなら、それでいい」
静かな馬上の時間。風の音、馬の蹄の音、そして側にいる陛下。
全てが温かく、穏やかだった。
王宮に戻ると、二人はそれぞれの部屋へ向かう廊下を並んで歩いた。
「……何か、願い事でもあるのか?」
何度もブレスレットを見ているユリアに、エルフナルドがふと尋ねた。
「……秘密です。願い事は、誰にも言わずに祈るものなんですよ」
ユリアはそう言って、エルフナルドを見上げた。
「……そうか。俺は少し仕事をしてから休む。お前は先に休め」
エルフナルドは軽くうなずき、再び前を向く。
言葉は少なくても、二人の間に流れる穏やかな空気が、今の幸福を静かに伝えていた。
ユリアはその背中を見送りながら、そっと目を閉じ、手首のブレスレットに指先を当てた。
――陛下のお隣に、少しでも長くいられますように……。
ユリアは目を閉じ、静かに祈りを捧げた。




