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38 二人の距離

 帰国後、エルフナルドはすぐに執務室へ向かい、溜まっていた仕事に取りかかった。

 半ば徹夜のような状態で、エルフナルドとカリルは山積みの書類を驚くほどの勢いで片付けていった。

 夜も明け始めた朝方、執務室の扉をノックする音が響いた。


 コンコンッ


 扉を開けて入ってきたサリトスは、忙しなく仕事を続ける二人を見て声をかけた。


「お前ら……昨日帰国してから、ずっと仕事してたのか? 少しくらい休めばいいのに」


 サリトスはエルフナルドとカリルの顔を交互に見ながら言った。


「……急ぎの仕事があってな。休んでいられなかった。だが、だいたい一段落はついた。そろそろ休むつもりだ」


 エルフナルドはそう答えながら、小さく伸びをしてサリトスを見た。


「そうか。俺もそろそろ王宮を出て現場に戻るつもりなんだが……その前に、どうしても聞いておきたいことがあってな」

「何だ? わざわざ。手短にしてくれ。もう限界なんだ」


 エルフナルドは目頭を押さえながら答えた。


「本当は昨日の帰り道で聞こうと思ってたんだが……姫があまりにも気まずそうな顔しててな。可哀想で聞けなかった」


 なかなか本題に入らないサリトスに、カリルも気になったのか、仕事の手を止めずに視線を向けた。


「お前と姫、ルトアで喧嘩してただろ? その後、姫に庭園に誘われて……仲直りできたのか? でも帰国の日のお前らは、気まずそうではあったが……前の日とは雰囲気が違う気がした。何というか、距離が近いというか……。何かあったのか?」


 その言葉に、カリルの手がぴたりと止まった。

 彼もまた二人の様子がおかしいことに気づいていながら、切り出せずにいたのだ。

 サリトスの言葉に大きく頷き、エルフナルドをちらりと見た。

 しかし当のエルフナルドは、特に表情を変えることなく仕事を続けていた。


「……別に何もない。喧嘩も……していない」


 そう言って、サリトスにだけ視線を送る。


「何もないわけないだろ。あれは完全に何かあった顔だ。なあ、カリル?」


 同意を求められ、カリルは少し慌てながらも答えた。


「……はい。私も、気になっておりました」

「……カリル、お前もか」


 エルフナルドは苛立ちを含んだ視線を向けた。


「も、申し訳ありません……」


 カリルは居た堪れなくなり、慌てて頭を下げた。


「まあまあ、そんなに苛つくな。カリルだって心配してるんだ。で、そもそもお前はあの舞踏会の夜、何にそんなに苛ついていた? それで結局、姫に強く当たって喧嘩でもしたんだろ?」


 サリトスは改めて問いかけた。


「……晩餐会の夜、お前たちが二人でこそこそ庭園で話していただろう。だから、王妃としての自覚を持てと言っただけだ。あれは感情の問題じゃない」

 

 エルフナルドは視線を逸らしながら答えた。

 サリトスとカリルは顔を見合わせる。


「……で? お前、いつから姫のこと好きだったんだ?」


 拍子抜けしたような顔で、サリトスが言った。


「何故そういう話になる。俺は王妃の立場を考えて言っただけだ。妙な噂が立てば困る。父上の耳に入ってもな」


 眉間に皺を寄せて言い切るエルフナルドに、サリトスは深くため息をついた。


「……お前、自覚なしか。姫も姫だが、お前も相当だぞ……」

「何をブツブツ言っているんだ。……ところで、あいつの事ではないんだが……」


 エルフナルドはそこまで言うと、口を閉ざし、険しい表情のまま黙り込んだ。

 サリトスとカリルは、再び顔を見合わせてからエルフナルドに視線を戻した。


「ルトアでの最後の夜に、キャロル姫から結婚を打診された」

「「えっ!!」」


 思わず声を上げたサリトスとカリルに、エルフナルドは小さく息を吐いた。


「それで……どうされたのですか?」


 恐る恐る、カリルが続きを促す。


「……断った。第ニ夫人を探していたのは確かだ。だが、どうにも気が進まなかった。理由は……自分でも分からない」


 言い切るようでいて、どこか歯切れの悪い口調だった。


「……やっぱり姫が、関係しているからなんだろ?」


 サリトスが思わずそう口にすると、エルフナルドは一瞬口を開きかけたが、何も言えず、ただ黙ったまま視線を落とした。


「まったく……素直じゃないな」


 サリトスは肩をすくめると立ち上がった。


「そろそろ出発する。次に俺が帰ってくる頃には、少しは素直になっておけよ」


 そう言い残し、サリトスは執務室を後にした。


 その頃、ユリアとアリシアは自室で、この数日間のルトア国での出来事を語り合っていた。


「では、行きの道のりは大変だったのですね」

「そうなの。でも意外と楽しかったのよ」


 ユリアは、ルトア国へ向かう道中で野宿をしたことを、身振りを交えながら話した。


「山で野宿だなんて……他のご令嬢でしたら耐えられないでしょうに。ユリア様は本当にすごいですわ」


 アリシアは感心したように、何度も頷いた。


「ルトア国は、どんなところだったのですか?」


 興味津々な様子で、アリシアが尋ねる。


「ルトア国は……そうね……庭園がとても素敵だったわ。私が見たことのない花もたくさん咲いていたの。やっぱり国が変わると、咲く花も違うのね。育ててみたい花もあったんだけど……頂いてくるのを忘れてしまったわ」


 ユリアは少し残念そうに呟いた。


「私も見てみたかったです! キャロル様はどんなお方でしたか?」


 なおも身を乗り出すアリシアの言葉に、キャロルの名を聞いた瞬間、ユリアの表情が曇った。


「……キャロル様は……とてもお綺麗なお方だったわ。陛下とも……とても親しそうで……」


 そこまで言って、ユリアは言葉を切った。

 帰国の日、エルフナルドとキャロルの間に流れていた、あの気まずい空気を思い出したからだった。


「……でも、陛下とユリア様も、ルトア国に行かれていた数日間で仲を深められたのではありませんか? 今日ご帰国された時、おふたりの雰囲気がとても良く見えましたけど」


 アリシアはきょとんとした顔で、そう言った。


「え!? 本当にそう見えた? 私は……とても気まずくて、お顔も見られなかったのに……」


 ユリアは恥ずかしそうに俯いた。


「どうして、気まずくなられるのですか? 何かあったのですか?」


 躊躇のない直球の質問に、ユリアは思わず言葉を失った。


「あ……いや……その……何でもないわ……」

「えー、気になるじゃないですか!」


 アリシアは食い下がるように言った。


「ほんとに何でもないのよ! はい、もうこの話はおしまい! 私、庭園の様子を見に行ってくるわ」


 ユリアは半ば強引に話を切り上げると自室を出た。

 そして数日間手を付けられなかった庭園へ向かい、考えないようにしながら、静かに手入れを始めた。

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