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36 最後の夜

 ユリアは、部屋の長椅子に腰掛けていた。

 エルフナルドとキャロルは、今頃どんな話をしているのだろう。

 キャロルは、想いを伝えただろうか。


 ――明日の朝食の席で、二人が婚約したと告げられたりして……。


 そんな考えが頭をよぎり、ユリアは胸の奥がぎゅっと締め付けられた。

 エルフナルドは、昨日のように部屋に戻ってこないかもしれない。

 それでも、もし戻ってきたら気まずい。

 そう思ったユリアは、また寝たふりをしようと、長椅子に横になった。


 しばらくすると、部屋の扉が開く音がした。

 思わず体が強張ったが、ユリアは目を閉じたまま動かなかった。

 近付いてくる足音に、エルフナルドだとすぐに分かった。


「おい」


 苛立ちを滲ませた低い声が耳に届く。

 それでもユリアは、寝たふりを続けた。


「おい、起きているだろう」


 断言するような口調に、観念したユリアはゆっくりと体を起こした。


「……何か……ご用でしょうか」


 気まずさを隠せないままそう言うと、エルフナルドは眉間に深く皺を寄せ、ユリアを睨んだ。


「何か用だと? ふざけたことを言うな。何故キャロル姫に協力した。俺があいつを妻にしてもいいと、そう思っているのか」

「それは……私が決めることではございません」


 ユリアの答えに、エルフナルドの表情はいっそう険しくなった。

 それでもユリアは目を逸らさず、続けた。


「陛下は……先王陛下に命じられたから、私を妻になさっただけではありませんか。私のことなど、お好きではないはずです。アルジールに来た日の夜、仰いましたよね。私とは子を作らない、第ニ夫人を迎えるつもりだと」


 ――本当は、こんなことを口にするつもりなどなかった。

 だが、自分が妻を迎えてもいいのかなどと問われ、堪えていた感情が一気に溢れてしまった。


「そうだ。だが、お前に口を出される筋合いはない。第ニ夫人を迎えるかどうか、いつ迎えるかは俺が決める。……そんな真似をするな。……私の問題だ」


 淡々とした声だった。

 それがかえって、ユリアの胸に刺さった。


「……そんなこと、分かっています。ただ、私はキャロル様にお願いされて……それで――」

「それが迷惑だと言っている。お前は、本当に腹立たしい」


 その言葉に、ユリアの顔はかっと熱くなった。


「……そんなに私のことがお嫌いなら、もう構わないでください! 私だって、別に貴方のことなんか――」


 エルフナルドは何か言おうとして口を開き、しかし言葉を見つけられず唇を噛んだ。

 次の瞬間、ユリアの腕を引き寄せる。

 距離が消え、驚く間もなく唇を塞がれた。


「んっ……」


 あまりの衝撃に、ユリアは目を見開いたまま動けなかった。

 エルフナルドは後頭部を支え、逃げ場を与えないまま、さらに唇を重ねる。

 胸を押して離れようとしても、びくともしない。

 強引な口づけが続き、ユリアは息が苦しくなった。


「ん……はっ……へい、か……」


 かすれた声が漏れた瞬間、エルフナルドはふいに唇を離した。

 息が触れ合う距離で、視線が絡む。


「はぁ……はぁ……」


 肩で息をするユリアを見つめながら、エルフナルドは先程とは違い、そっと、包み込むように口づけた。


「……んっ」


 ――どうして、口づけなんてするの……。

 どうして、そんな切ない目で私を見るの……?


 思考が追いつかないまま、意識がふわりと遠のいていく。

 ユリアは虚ろな瞳で、ただエルフナルドを見上げていた。


「……もう、お前は寝ろ」

 

 長い口づけからようやく唇を離したエルフナルドは、ぶっきらぼうにそう言った。

 だが、その言葉とは対照的に、ユリアの髪を優しく撫でた。

 ユリアはすでに力が入らず、エルフナルドにもたれかかるように立っていた。

 エルフナルドはそんなユリアを横抱きにすると、ベッドまで運び、そのまま寝かせた。

 エルフナルドも後を追うようにベッドに入り、ユリアを抱き寄せるようにして横になる。

 ユリアは、エルフナルドの口づけの意味が分からず戸惑っていたが、耳元で聞こえる胸の鼓動が心地よく、そのまま眠りに落ちていった。

 ユリアが完全に寝息を立てるまで、エルフナルドはしばらくその顔を見つめていた。

 そして、自分が取った行動を思い返す。


 ――何故、俺は口づけをした?

 何故、こいつのことで、こんなにも胸がざわつく……。


 答えなど出るはずもなく、エルフナルドは目を閉じた。

 しかし眠りは訪れず、その夜は結局、長いまま過ぎていった。


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