35 想いの先に
昨日の晩餐会での一件以来、エルフナルドとユリアは、まだ一度もまともに顔を合わせていなかった。
しかし夕食の時間になれば、否応なく同じ席に着くことになる。
夕食が始まっても、エルフナルドがユリアの方を見ることは一切なく、食卓には張り詰めた空気が漂っていた。
それを察してか、サリトスが何度も場を和ませるように話題を振ってくれたが、空気が和らぐことはなかった。
この重苦しい雰囲気の中でエルフナルドに話しかけるなど、簡単なことではない。
それでも、キャロルと約束してしまった以上、何とか話を切り出さなければならなかった。
ユリアは何度も息を整え、タイミングをうかがっていた。
「あの……陛下」
ユリアは、決死の覚悟でエルフナルドに声をかけた。
突然名を呼ばれ、話していたサリトスがぴたりと動きを止め、驚いたようにユリアを見る。
だが、ユリアの視界にそんな反応が入る余裕はなかった。
「……ルトア国の庭園は、アルジール国とは違ったお花が咲いていると伺いました。ご夕食の後……ご一緒に行かれませんか……?」
ユリアは俯いたまま、視線だけをそっとエルフナルドに向けた。
声が震えないよう、必死に抑えているのが自分でも分かった。
エルフナルドは一瞬だけユリアに視線を向けたが、すぐに視線を皿へと戻した。
沈黙が流れ、ユリアの胸が締め付けられる。
その沈黙に耐えきれなくなったように、サリトスが口を開いた。
「おお、いいじゃねーか。なあ、エルフナルド」
サリトスは、ユリアの提案を後押しするように、軽い調子でエルフナルドに同意を求めた。
「……お前が連れて行けばいいだろう」
エルフナルドの冷たい言葉に、さらに空気が張り詰めた。
だが、サリトスは怯むことなく言い返す。
「いや、俺はこれからカリルと話さなきゃならない用事があってな。時間が取れないんだ。なあ、カリル!」
「……あ、はい。そ、そうなんです。急ぎで話し合う必要がありまして……」
カリルはサリトスの目配せを察し、慌ててそう口にした。
エルフナルドはしばらく黙り込んだまま、やがて小さく息を吐いた。
「……一時間だけだ」
その言葉に、ユリアは思わず胸を撫で下ろした。
だが、心は晴れなかった。
ユリアは夕食後、服を着替えたいからという理由をつけ、庭園で待ち合わせにしてほしいと申し出た。
実際に庭園でエルフナルドと会うのは、ユリア自身ではない。
そのためにも、一度エルフナルドと離れる必要があったのだ。
自分で招いた約束だというのに、足が重かった。
エルフナルドは、約束の時間に庭園の中央にある噴水へと足を運び、ユリアの姿を探すように視線を巡らせた。
しかし、そこに立っていたのはユリアではなく、キャロルだった。
「お待ちしていました、エルフナルド様」
キャロルの声に、エルフナルドは思わず足を止めた。
「……俺は、キャロル姫と会う約束はしていないはずだが……」
エルフナルドは眉間に深くシワを寄せ、キャロルを見据えて言った。
「ユリア様にお願いして、エルフナルド様とお会いするお時間を作っていただいたのです」
キャロルはそう答えると、にっこりと微笑みながら一歩、エルフナルドに近付いた。
「……話が、あるのか?」
エルフナルドがそう問いかけると、キャロルは一瞬言葉に詰まり、やがて表情を曇らせた。
切なげな瞳で、まっすぐにエルフナルドを見つめる。
「……私、エルフナルド様がご結婚されたと聞いた時、本当はとてもショックでした。昔から、ずっとエルフナルド様だけを見てきて……いつか結ばれる日が来ると、それだけを夢見ていたのです。……まさか、ご結婚なさるなんて、思ってもいなくて……」
キャロルの瞳には涙がいっぱいに溜まり、やがてぽろりと零れ落ちた。
「それでも……祝福しなければと思っていました。おふたりが愛し合っていらっしゃるのなら、私の出る幕などないと……」
そこまで言って、キャロルは声を強めた。
「でも……!! ユリア様から、政略結婚だと伺いました。それに、ユリア様はエルフナルド様のことを、別に愛してはいないと仰っていて……。だから、ユリア様にお願いして、こうしてお時間を作っていただいたのです」
キャロルは涙を流しながら、必死に言葉を紡いだ。
「……エルフナルド様、お願いです」
キャロルは唇を噛み、迷うように視線を落とした。
それでも、覚悟を決めたように顔を上げる。
「第ニ夫人でも構いません。どうか、私をエルフナルド様の妻にしていただけませんか?」
キャロルの涙は止まらず、頬を伝って落ちていく。
そして、すがるようにエルフナルドの腕を掴んだ。
「……お前の気持ちに、まったく気付いていなかったわけではなかった」
エルフナルドは低くそう告げると、キャロルの頬を伝う涙を、そっと指で拭った。
無意識の仕草だった。
「悲しませてしまって……申し訳ない」
「エルフナルド様……」
キャロルはそのまま、エルフナルドの胸に顔を埋めるように抱きついた。
「確かに、あいつと俺は愛し合って結婚したわけではない」
エルフナルドはキャロルの背中を撫でながら、静かに続けた。
「だが……今、お前を妻にすることはできない」
「……なぜですか?」
キャロルは顔を上げ、震える声で問いかけた。
「すまない……」
エルフナルドはそれ以上言葉を続けることができず、小さく頭を下げた。
キャロルを妻にできない明確な理由は、自分の中にもなかった。
ただ、何かが引っかかっている――それだけだった。
ユリアの俯いた横顔が、脳裏に浮かんでいた。
理由を言葉にできず、歯切れの悪い態度を取るエルフナルドに、キャロルはしばらく呆然と立ち尽くしていた。
やがて、エルフナルドの胸元の服を掴んでいた手を静かに離すと、小さく会釈をし、その場を後にした。
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