31 気付いてしまった想い
朝、ユリアが目を覚ますと、自分がベッドで眠っていることに気付いた。
――私、またベッドで寝ているわ……。
陛下との寝室でも、毎回起きるとベッドの上だし……。
私って、寝ている間に移動しちゃう癖でもあるのかしら。
それとも――。
そんなことを考えていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
晩餐会の準備のため、ルトア国の侍女が呼びに来たのだ。
侍女たちの手によって、ユリアの身支度はあっという間に整えられた。
支度を終え、部屋で待っていると、今度はエルフナルドが迎えにやって来た。
ユリアのドレス姿を見るなり、エルフナルドはわずかに眉間に皺を寄せた。
「アルジールの時のドレスとは、ずいぶん雰囲気が違うな。ショールでも羽織ったらどうだ?」
ユリアのドレスは、アルジール国の舞踏会で着た可愛らしいものとは異なり、胸元も背中も大きく開いた、露出の多いブルーのドレスだった。
「あ……私もそう、侍女の方に申し上げたのですが……。ルトアの晩餐会では、これくらい普通だと言われまして――」
「ショールを手配するよう、言っておく」
言葉を遮るようにそう告げられ、ユリアは小さく頷いた。
――やっぱり、私にはこういうドレスは似合わなかったかしら……。
少ししょんぼりしながら、ユリアはエルフナルドの後をついて晩餐会の会場へ向かった。
ルトア国の晩餐会は、アルジール国の舞踏会とはまた違い、どこか大人びた雰囲気が漂っていた。
侍女たちの言葉通り、周囲の女性たちは皆、胸元を大胆に開けたドレスを身に纏っており、ショールを羽織っているのはユリアだけだった。
中には、太ももの付け根近くまでスリットが入ったドレスを堂々と着こなす女性もいる。
その光景に、ユリアは自分だけが場違いな子供のように感じ、思わず俯きかけた。
その時、正面から小走りで近づいてくるキャロルの姿が目に入った。
「ユリア様!! 晩餐会、楽しんでくださっているかしら?
今日は国で一番のオーケストラを呼んでいるの。後半は生演奏でダンスもあるので、ぜひ参加してくださいね!!」
キャロルのドレスは、出迎えの時とは違い、鮮やかな赤の、とても艶やかなものだった。
自分の姿とキャロルの装いを無意識に比べてしまい、ユリアは小さく頷くと、一歩下がって俯いた。
「エルフナルド様。晩餐会の最中で悪いのだけど、少しご相談したいことがあるの」
キャロルは親しげな口調で、エルフナルドの腕を取った。
「ああ。では、あちらで話を聞こうか」
エルフナルドは入口の方を示した。
「お前は少し、ここで一人で過ごしていてくれ。何かあったら、カリルかサリトスを呼べ」
「ユリア様、ごめんなさいね。エルフナルド様を少しお借りします」
そうして二人は、ユリアを残して会場を後にした。
その親密そうな後ろ姿を見つめながら、ユリアは胸の奥に、ちくりとした痛みを覚えた。
――どうして……?
どうして、おふたりを見て、胸が痛むの……。
私は別に、陛下のことなんて……。
ぼんやり立ち尽くすわけにもいかず、ユリアは会場を見渡し、端に並べられた豪華なビュッフェへ向かった。
いくつか料理を口にした後、気分転換のつもりで庭園へと足を運ぶ。
ルトア国の庭園には、アルジール国では見たことのない花々が咲き誇り、色とりどりの景色が広がっていた。
中央の噴水のそばにあるベンチに腰を下ろし、水音をぼんやり眺めていると、背後から二人の令嬢の声が聞こえてきた。
「まさか、キャロル様とご結婚なさる前に、エルフナルド様が別の国のお姫様と結婚なさるなんて思わなかったわね」
「エルフナルド様のお相手、見た? あの方……正直、エルフナルド様が選んだとは思えないくらい、子供っぽかったわ」
自分のことだと気付いた瞬間、ユリアは思わず身をかがめた。
「でも噂では、あの王妃様とは政略結婚らしいわ。エルフナルド様が選ばれたわけじゃないとか」
「でしょうね。エルフナルド様が選ばれる方に、あんな子供っぽい方、いらっしゃらないもの」
胸の奥が、ずきりと痛んだ。
ユリアはもともと、顔立ちも幼く、華奢で胸も小さい。
今日のドレスも胸元が緩く、何枚もパッドを入れてもらって、ようやく着られるほどだった。
容姿を貶されることも辛かったが、“エルフナルドの好みではない”そう言われたことの方が、胸に重く引っかかっていた。
ふと、アルジール国の舞踏会でミラベルに言われた言葉が、脳裏に蘇る。
――私はやっぱり、誰から見ても……陛下には、ふさわしくないのだわ……。
令嬢たちの話は、さらに続いた。
「でも本命はキャロル様だって噂よ。今だって王妃様を置いて、キャロル様と別室に入っていかれたでしょう?」
――違うわ……。
お仕事の話があるって、そう仰っていたもの……。
心の中で必死に否定する。
「キャロル様、最近別の国の王様との縁談を破談にされたらしいの。今回の晩餐会も、エルフナルド様とのご婚約を提案するためだって……」
「エルフナルド様も、まんざらじゃなさそうよね。今の王妃様とは、まだお子もいないらしいし……妾にされる、なんてこともあるんじゃない?」
言葉が、刃のように胸に突き刺さる。
最初から、エルフナルドに好かれていないことは分かっていた。
子供を作るつもりはないとも、本人からはっきり告げられている。
そして、自分も子供など望んでいなかった。
それなのに――。
最近は同じ寝室で夜を過ごすことも増え、会話も増えた。
時折、笑顔を見せてくれることもあった。
それだけのことなのに。
それが日常になりつつあったから、ユリアはいつの間にか、慣れてしまっていたのだ。
自分は王妃で居続けられると、なぜ安心していたのだろう。
先王が決めたことだからと、高をくくっていたのかもしれない。
けれど、今の王はエルフナルドだ。
自分など、いつでも切り捨てられる存在なのに。
――どうして……こんなにショックを受けているの?
陛下のことなんて、好きじゃないはずなのに。
それなのに、陛下のことで、こんなにも気持ちが沈むなんて……。
最近、エルフナルドの機嫌ばかりが気になっていた。
笑ってくれれば嬉しくて、不機嫌そうだと、何かしてしまったのではないかと不安になる。
そんな自分を、認めたくなかった。
――私が認めたくないだけで……。
本当は、陛下のことを好きになってしまっていたんだわ。
その事実に気付いた瞬間、胸の奥が静かに震えた。
令嬢たちはまだ何か話していたが、もうユリアの耳には、何も入ってこなかった。




