30 ルトア国の姫
次の日、目を覚ますと、心配していた雨が嘘のように上がり、空はからりと晴れ渡っていた。
朝陽が洞窟の入り口から差し込み、湿った岩肌を柔らかく照らしている。
焚き火の灰からは、まだかすかに温もりが残っていた。
夜の名残のようなその温かさに、ユリアは小さく息をついた。
「おはようございます、ユリア様。そろそろ出発いたしましょう」
カリルに声をかけられ、周囲を見渡すと、エルフナルドもサリトスもすでに支度を整えていた。
「ごめんなさい! すぐ準備します」
ユリアは慌てて立ち上がり、上着を羽織った。
洞窟を出て、エルフナルドに続いて馬に跨ると、一行はルトアへ向けて出発した。
「ここから先は、かなり険しい道だ。昨日の雨で足場も滑りやすくなっている。しっかりつかまっておけ」
エルフナルドの言葉に、ユリアはとっさに彼の背中の服をつまんだ。
「そうじゃない。腰に手を回せ。鞍を掴んでいると、落ちる」
「……す、すみません。では……失礼します……」
ユリアはおそるおそる、エルフナルドの腰に手を回した。
エルフナルドの背筋がわずかに強張ったように見えた。
だが何も言わず、手綱を握る力だけがわずかに強くなる。
――ダンスの時でも、ここまで密着することは、なかったわ……。
背中越しに伝わる体温に、ユリアの頬はみるみる熱を帯びていった。
顔を赤く染めたまま、それを悟られないよう俯いていた。
そのまま揺れる馬上で身を固くしたまま、険しい山道を進み続け――
休憩を挟みつつ、五時間ほどでルトアに到着した。
王宮の門前には出迎えの一団が待っており、その中に、ひときわ目を引く女性の姿があった。
ルトアの王女、キャロル姫である。
「この度は急なご招待となり、申し訳ありませんでした。ようこそお越しくださいました」
キャロルは優雅な所作で、ゆっくりと一礼する。
朝の光を浴びて、金色の髪が柔らかく輝いていた。
「キャロル姫、招待に感謝する。紹介しよう。こちらが王妃のユリアだ」
エルフナルドはそう言って、ユリアを前へと促した。
初めて名を呼ばれたことに、ユリアは思わず小さく肩を跳ねさせたが、すぐに気を取り直してエルフナルドの隣に並ぶ。
「ユリアと申します。この度はご招待いただき、ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」
「ユリア様! 私、同じくらいの歳の方が周りにあまりいなくて……。ぜひ仲良くしてくださいね」
キャロルは太陽のような明るい笑顔で手を差し伸べた。
ユリアはその手を取ると、疲れで少し重くなった体も、ほんの少し軽くなるのを感じた。
とても明るく、可愛らしい女性だった。
ルトアまでの移動で疲労も溜まっていたため、一行は明日の晩餐会に備え、この日は休息を取ることになった。
エルフナルドとユリアは同じ部屋へ案内された。
中に入ると、アルジール国の寝室と遜色ないほど、広く立派な部屋が広がっていた。
「私はまだ用がある。お前は先に休んでいろ」
そう言い残し、エルフナルドは部屋を出て行った。
一人になったユリアは、用意されていた浴室を借り、その後長椅子に腰を下ろした。
エルフナルドが戻るまで起きていようと思っていたが、長時間の馬移動で疲れが溜まっていたのか、いつの間にか眠りに落ちてしまう。
やがて部屋に戻ってきたエルフナルドは、長椅子のそばで床に落ちたまま眠るユリアの姿を目にした。
「……またか」
呆れたように呟きながらも、手慣れた様子でユリアを抱き上げ、ベッドへ運ぶ。
ぐっすりと眠るその寝顔を、エルフナルドは隣に横になりながら、しばらく見つめていた。




