25 頼み事
公務を終え、エルフナルドが寝室へ向かうと、ユリアは長椅子に腰掛け、静かに彼の帰りを待っていた。
エルフナルドの姿を確認した瞬間、ユリアはすっと立ち上がり、丁寧に頭を下げる。
「本日も、ご公務お疲れ様でした。何かお飲みになりますか?」
「いや、今日は何もいらない。私はもう少し仕事をする。……お前も、この部屋でなら好きに過ごして構わない」
「……わかりました」
久しぶりに同じ空間にいるというのに、言葉が見つからないまま、エルフナルドは椅子に腰を下ろし、半ば逃げるように書類を開いた。
一方のユリアも、エルフナルドが部屋に来るまで、何か話題を探そうと必死に考えていた。
しかし「好きに過ごしていい」と言われ、彼がすぐに仕事を始めたことで、ユリアもまた言葉を失い、書庫で借りてきた本を手に取った。
寝室に来たのが遅かったこともあり、三十分ほど本を読み進めたところで、ユリアは本を抱えたまま、うとうとと舟を漕ぎ始めた。
しばらく書類に目を通していたエルフナルドの視界に、ユリアの様子が映る。
「おい。寝るなら横になれ。……また椅子から落ちるぞ」
声をかけても、返事はない。
ユリアは何度も身体を揺らし、今にも崩れ落ちそうになっていた。
エルフナルドは大きくため息をつき、書類を置くと立ち上がる。
ユリアが大きく身体を傾けた瞬間、咄嗟に腕を伸ばし、その身体を支えた。
再び声をかけても、目を覚ます気配はない。
仕方なくエルフナルドはユリアを抱え上げ、ベッドの中央へとそっと寝かせた。
「……お前は、何度俺に運ばせるつもりだ?」
半ば独り言のように呟き、しばらくその寝顔を見つめる。
一筋、頬にかかった髪が気になり、無意識に手を伸ばした。
――こいつに会うと、どうも心がざわつく。
私は……一体どうしたんだ?
いつもの自分でいられなくなるのが許せなくて、距離を置こうと決めたはずなのに。
会わない時間を作っても、再び顔を合わせた途端、心はユリアで満ちてしまう。
それが理解できない。
彼はベッドから離れ、長椅子に横になった。
――同じ場所で眠るのが、妙に落ち着かなかった。
スヤスヤと眠るユリアとは対照的に、エルフナルドはなかなか眠りにつくことができなかった。
それから数週間が経っても、ユリアについて決定的な手掛かりは、何一つ掴めていなかった。
その一方で、ユリアと寝室を共にする回数は増え、三日に一度ほどの頻度になっていた。
そんな生活にも慣れ始めた頃、エルフナルドの執務室にカリルが入ってくる。
「陛下、失礼いたします。あの……」
言い淀むカリルに、書類を読んでいたエルフナルドは手を止め、顔を上げた。
「どうした? 何か有力な情報でも掴めたのか?」
「いえ……ユリア様の件で、特に有益な情報は入っておりません。お時間がかかってしまい、申し訳ありません……」
カリルは申し訳なさそうに頭を下げる。
「……そうか。では、何の用だ?」
「実は……ユリア様の侍女より、陛下にお伺いしたい事があると頼まれまして……」
「あいつが、俺に頼み事とは珍しいな」
エルフナルドは書類を机に置き、カリルの話に耳を傾けた。
「王宮からほど近い市場へ行ってみたいとのことです。許可をいただけないかと……」
「市場に? 何故だ? 新しいドレスでも買うつもりか?」
意外そうに問い返す。
「庭園に植える花の苗を、ご自身で選びたいのだそうです」
「……苗?」
予想外の答えに、エルフナルドは思わず聞き返した。
「以前、陛下が許可なさっていた庭園に植えるとのことです」
「ああ……兄上の庭園があった場所か。行ってきて構わないと伝えてくれ」
そう言って、再び書類を手に取る。
「よろしいのですか? 陛下はお許しにならないかと思っておりました」
驚いた様子でカリルが言う。
「今のところ、怪しい情報は何も出ていない。……普段と違う行動をさせれば、何か分かることもあるかもしれないだろう?」
「なるほど……確かに、そうかもしれません」
カリルは納得したように何度か頷いた。
「市場へ行く際には護衛を付けろ。護衛騎士の手配を頼む」
「かしこまりました」
カリルは一礼し、執務室を後にした。




