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22 薬を作る

 舞踏会の日以降、ユリアとエルフナルドは特に顔を合わせることもなく、それぞれいつもと変わらぬ日常を過ごしていた。

 準備の間、庭園の手入れをクリックに任せきりにしていたユリアは、翌朝目を覚ますと、身支度もそこそこに足早に庭園へ向かった。

 薬事室に入ると、すでに来ていたクリックが黙々と作業をしているところだった。


「クリックさん、しばらくこちらに来られず申し訳ありませんでした。それから……薬草のお世話、ありがとうございました」


 舞踏会の稽古が始まってからの一週間、ユリアは朝から夕方まで予定が詰め込まれ、庭園に足を運ぶ時間すらなかった。

 直接事情を伝えに来ることもできず、やむを得ずアリシアに伝言を頼んでいたのだ。


「ユリア様、お久しぶりでございます。どうかお気になさらないでください」


 クリックは薬草を調合していた手を止め、穏やかな笑みを浮かべてユリアを見た。


「舞踏会も無事に終わったそうですね。アリシアさんから伺いました。陛下と、とても仲睦まじいご様子だったとか」

「仲が良いかどうかは……」


 ユリアは少し困ったように笑い、話題を変えるようにクリックの手元に視線を向けた。


「あの、それは何のお薬を調合なさっているのですか?」

「こちらですか。風邪に効く薬を作っております。もうすぐ夏ですから、夏風邪が流行る前に準備しておこうと思いまして」

「風邪のお薬ですか! そのコオニタビラコが、風邪にも効くのですか?」


 ユリアは目を輝かせ、調合台の上の薬草を覗き込んだ。


「はい。このコオニタビラコにハハコグサ、ほかにも数種類を合わせております。コオニタビラコは腸の調子を整え、ハハコグサは咳に効くのですよ」

「そうなのですね……とても勉強になります。私はこれまで、傷に効く薬ばかりを調合してきましたので、病の薬はほとんど薬師の方任せで……」

「そうでしたか。ご興味がおありでしたら、まだまだお教えできますよ」

「ぜひお願いします!」


 ユリアは嬉しそうに声を弾ませた。

 それからしばらくの間、二人は薬草や調合について話し込んでいた。


 

 ユリアは、これまで見てきた各国の薬草のことを思い返した。

 薬草は国によって採れるものが異なり、それに伴って調合の方法や効能も微妙に変わってくる。

 中には自国では手に入らず、他国から仕入れなければならない薬草もあった。

 だが、国同士の関係が悪ければ薬草の取引は難しくなり、また自国以外の薬草を忌避する薬師も少なくなかった。

 リヒターが育てていた南の国の薬草も、そうした事情からアルジール国の薬師たちに快く思われていなかったのだろう。

 それでも、薬草がきちんと育ち、効能が確かだと広く知られれば、反対の声は次第に小さくなるはずだ。

 だからこそ、調合には細心の注意を払わなければならない――ユリアはそう自分に言い聞かせていた。


 考え込んでいるユリアに、クリックが静かに問いかけた。


「ユリア様は、以前ご自身の国で薬草を育てていたと仰っていましたが……お国では、他国の薬草も受け入れられていたのですか?」

「いえ……実は、勝手に育てていたので。受け入れられていたかどうかは……」


 ユリアは苦笑して答えた。


「南の国の薬草は、向こうでも簡単には手に入らない貴重なものです。私には兄がおりまして、その兄の伝手で、ようやく入手することができました」


 ユリアは静かに言葉を続けた。


「兄は騎士をしていて、戦に出るたびに、傷に効くとされる薬草を持ち帰ってくれたんです」


 ユリアは、少しだけ視線を落としてから、静かに続けた。

 

「それを国で育て、傷薬として調合していました」

「なるほど……だから傷薬ばかりだったのですね。お兄様のためでもあったとは。お優しい妹君ですね」


 感心したように言うクリックに、ユリアは小さく首を横に振った。


「いえ……私にできることは、それくらいしかありませんでした。……傷ついた後にしか、対処できない。戦争さえなければ、傷を癒す必要なんてないのに……」

「それでも、傷ついた人のために行動できることは、簡単なことではありません」


 クリックは穏やかな声で言い、続けた。


「この国も、戦の多い国です。私たちには、私たちにできることをするしかありません。そのために、今もユリア様は薬草を育て、薬を作ろうとなさっているのでしょう?」

「……そうですね。ありがとうございます、クリック様」


 その言葉に、ユリアの胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ軽くなった気がした。

 この国で自分に何ができるのか――迷いながらも、今できることを一つずつ積み重ねていこう。

 ユリアは、改めてそう心に誓った。

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