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21 消えない笑顔

「おい」


 ユリアがぼんやりと考え事をしていると、バルコニーに出てきたエルフナルドに声をかけられた。


「そろそろダンスの時間だ。お前も中へ」

「……わかりました」


 エルフナルドはユリアの返答を待つことなく踵を返し、ホールへと戻っていく。

 その背を見失わないように、ユリアは慌てて後を追い、バルコニーを後にした。

 ホールに戻ると、すでに人々はそれぞれパートナーを見つけ、音楽が流れ始めるところだった。

 ユリアも急いでエルフナルドのもとへ向かい、教わった通りに姿勢を整える。


「そんなに緊張するな。練習の通りにすればいい」


 強張ったユリアの様子を見て、エルフナルドは低い声でそう告げた。


「……はい」


 返事をしながらも、ユリアは落ち着かず、無意識に周囲へ視線を走らせてしまう。


「周りを見るな」


 すぐにエルフナルドの声が飛んできた。


「余計に緊張するだろう。今は……私だけを見ていればいい」


 思いがけない言葉に、ユリアの胸が跳ねる。

 反射的に顔を上げると、エルフナルドは真っ直ぐこちらを見つめていた。

 その視線を受け止めきれず、ユリアの体はさらに硬くなった。


「……」


 一瞬の沈黙のあと、エルフナルドは耐えきれなかったように息を漏らし、次の瞬間、大きく笑った。

 あまりに表情に滲み出る様子に、思わず笑ってしまったのだ。

 以前から薄々感じてはいたが、ここまでとは思っていなかった。

 

「ハハッ!!」


 突然の笑い声に、ユリアは目を丸くする。


「分かりやすいな……お前は」


 そう言いながらも、その声音はどこか柔らかい。


「心配するな。あれだけ練習したんだ。失敗などするはずがない」


 その言葉に、ユリアはふと気づいた。

 

 ――叱責でも命令でもない。

 ただ、自分を安心させるための言葉だということに。


 ユリアは、エルフナルドの笑う顔を初めて見た気がした。

 普段の厳しい表情とはまるで違う、穏やかで優しい笑みに、思わず見惚れてしまう。

 それにつられるように、肩の力がすっと抜けた。

 気づけば音楽に身を委ね、エルフナルドとのダンスが始まっていた。

 ユリアがそっと顔を上げて彼を見つめると、先ほどの笑顔は消えていたが、どこか表情が和らいでいるように感じられた。

 視線が合うたび、エルフナルドは何も言わないまま、しかし確かにユリアの動きに合わせて導いてくれる。

 その感覚が心地よく、ユリアは次第に夢中になって踊っていた。


「陛下、もう一曲お願いします!」


 曲が終わるや否や、ユリアは思わずそう口にしていた。

 エルフナルドは一瞬だけユリアを見下ろし、何か言いかけたようだったが、結局何も言わずに手を差し出した。

 

 そのまま、次の曲が始まる。


 ダンスに没頭していたユリアの頭からは、先ほどミラベルに言われた言葉など、すっかり消えていた。

 周囲の令嬢たちは、寄り添うように踊る二人の姿を、羨望の眼差しで見つめている。

 一方で、ミラベルを含む数人は、嫉妬に歪んだ表情を隠そうともしていなかった。

 だが、そんな視線が向けられていることに、今のユリアが気づくはずもなかった。

 そしてエルフナルドもまた、その視線を意識しながらも、以前ほど気に留めなくなっている自分に、まだ気づいていなかった。

 

 舞踏会が終わり、エルフナルドにエスコートされながら廊下を進んでいると、背後から弾んだ声がかけられた。


「兄上、ユリア様!!」


 振り返ると、先ほどバルコニーで会ったフレドリックが、軽やかな足取りで駆け寄ってくるところだった。

 その姿を認めた瞬間、エルフナルドの表情から、先ほどまでの柔らかさがすっと消えた。


「おふたりのダンス、実に素晴らしかったです。端から拝見していましたが、会場中が釘付けでしたよ。ユリア様も、あんなにお上手だとは。――できれば、私とも一曲踊っていただきたかったなあ」


 終始にこやかなフレドリックに対し、エルフナルドは眉間に深い皺を刻んだまま、視線を逸らそうともしない。


「そんな怖い顔をなさらないでください、兄上。ただ羨ましいと言っているだけですよ」


 笑みを崩さないフレドリックだったが、その目の奥に、どこか測るような色が浮かんだ。

 ユリアは言い知れぬ不安を覚えた。


「……」


 エルフナルドが沈黙を貫くと、フレドリックは自然とユリアへ視線を移す。


「次は、ぜひ私とも踊ってくださいね、ユリア様。では、これで」


 軽く一礼すると、何事もなかったかのように踵を返して去っていった。

 しばしの沈黙のあと、エルフナルドは低く呟いた。

 

「……親しげだったな。どこかで会ったのか?」

「あ……先ほど、会場のバルコニーでご挨拶を。とてもお優しそうで、人懐っこいお方ですね」


 そう答えた瞬間、エルフナルドの足がわずかに止まった。


「……あいつと、何を話した」


 抑えた声色だったが、そこに混じる苛立ちは隠しきれていない。


「特に何も……。ご挨拶をしただけです」


 その答えに、エルフナルドは短く息を吐いた。


「あいつには近付くな。会うことがあっても、信用するな」

「……わかりました」


 本当は理由を尋ねたかった。

 だが、その横顔を見て、ユリアはそれ以上何も言えなくなった。


「エスコートも、この辺りでいいだろう」


 唐突に、エルフナルドは腕を解いた。


「私は先に失礼する。お前も、もう休め」


 一瞬、ユリアの表情が曇ったが、それを悟られまいと小さく頭を下げる。


「……おやすみなさい」


 エルフナルドは振り返ることもなく、自室とは別の方向へ歩き去っていった。

 ユリアはその背中をしばらく見つめてから、ひとり部屋へ戻った。


 ――陛下と、少し距離が縮まった気がしたのに……。

 あれは舞踏会だから?

 周囲の目を誤魔化すために、仲が良いふりをしてくださっただけ?

 それに、フレドリック様が現れた途端、陛下のご機嫌が……。

 仲が良くないのかしら……?


 考えはまとまらないまま、慣れない舞踏会の疲れに引きずられ、ユリアは眠りに落ちていった。


 

 エルフナルドは自室とは違う廊下を進んでいる途中、令嬢に呼び止められた。


「エルフナルド様。今夜、もしお暇でしたら……」


 そう言って、女はためらいなく彼の腕に絡みつく。


「……今夜は気が立っている。優しくできる気がしない」


 苛立ちを隠さず、低く告げる。


「あら……乱暴なのも、嫌いじゃありませんわ」


 女は笑みを浮かべ、そのまま唇を寄せた。

 エルフナルドは応じるでも拒むでもなく、ただ客間へと足を向けた。

 


 ――情事の後。


 ベッドに腰掛け、窓の外を眺めながら、エルフナルドは無言で考え込んでいた。

 脳裏に浮かぶのは、舞踏会で見たユリアの表情ばかり。


 視線を向けた時の緊張した顔。

 音楽に身を委ね、楽しそうに笑った横顔。

 腕を離した瞬間、わずかに滲んだ寂しそうな瞳。


 ――……くだらない。

 どうして、あの女の顔ばかり浮かぶ。

 

 エルフナルドは、強く眉を寄せた。


 ――あれはただの形式だ。

 周囲に疑われないための見せかけの舞踏会。

 あいつは、兄を殺した国の女だ。

 俺が惹かれるはずがない。


 視線を伏せ、吐き捨てるように心中で続ける。


 ――早く、第2夫人に相応しい女を見つけなければならない。

 ……あいつではない、誰かを。


 そう思いながらも、脳裏から消えない笑顔に、エルフナルドは再び眉を寄せた。

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