20 王弟
ユリアは会場のバルコニーに出て、夜空に浮かぶ月を眺めながら、ひとり考え込んでいた。
――ミラベル様は、ああ仰っていたけれど……では、私は一体どうすればいいの?
敗戦国の姫として嫁ぐよう命じられて、この国に来ただけなのに……まさか、あんなふうに思われていたなんて。
もし、私ではなく――陛下に相応しい方が夫人になれば、皆の怒りは収まるのかしら。
「こちらは冷えませんか?」
不意に背後から声をかけられ、ユリアは驚いて振り返った。
そこには、見知らぬ男性がひとり立っていた。
「驚かせてしまいましたね。申し訳ありません」
そう言って穏やかに微笑む。
「私は陛下の弟、フレドリックと申します。隣国へ視察に出ておりまして、兄上の結婚式に参列できなかったものですから。ご挨拶が遅くなりました。……貴方が、兄上のお相手ですね」
にこやかな笑みを浮かべるフレドリックは、どことなくエルフナルドに似ている気がした。
輪郭や目元は確かに兄弟だと分かる。
けれど――決定的に違うのは、その表情だった。
柔らかく、親しみやすく、誰にでも簡単に踏み込んできそうな距離感。
――陛下も……笑えば、こんなふうなのかしら
ユリアは、無意識のうちにフレドリックの顔をまじまじと見つめていた。
「あ……申し訳ありません。私、ユリアと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
慌てて我に返り、頭を下げる。
「アハハ! 本当に可愛らしい方ですね。ユリア様は」
軽やかな笑い声とともに、フレドリックはそう言った。
「この場にいらっしゃる他の令嬢方とは、まるで違う。とても新鮮です」
その言葉に、ユリアは胸の奥がちくりと痛み、思わず俯いた。
やはり、自分はこの華やかな場所に溶け込めていないのだろうか。
「おやおや、そんな顔をしないでください」
フレドリックは、楽しそうに微笑みながら続ける。
「悪い意味ではありませんよ。むしろ褒めているのです。思ったことがすぐ顔に出るところも、とても可愛らしい。……純真無垢、という言葉がよく似合います」
そう言いながら、フレドリックはためらいもなく距離を詰め、ユリアの顔を覗き込んできた。
近すぎるほどの視線に、ユリアは思わず一歩下がり、目を逸らす。
「そうだ」
その様子など気にも留めていないかのように、フレドリックは自然な動作でユリアの手を取った。
「兄上は、貴方にお優しいですか? あの人、意外と冷たいところがあるでしょう?」
「……」
突然の接触と問いかけに、ユリアは言葉を失った。
「もし、兄上には言いにくいことがあれば」
フレドリックは、指先にわずかに力を込める。
「私が、いつでも相談に乗りますよ」
どこか含んだような物言いで微笑んだ。
「陛下には……よくしていただいておりますので。ご心配には及びません」
絞り出すようにそう答えると、フレドリックは一瞬だけ、何かを測るような視線を向けた。
「……それなら、いいのですが」
すぐにまた、柔らかな笑みに戻る。
「まあ、覚えておいてください。私は、いつでも貴方の味方ですから」
もう一度、ユリアの手を包み込むように握り直し、にっこりと笑った。
その言葉の意味が掴めず、ユリアはフレドリックの瞳を見つめ返していた。
「フレドリック様」
そのとき、側近らしき人物がバルコニーに姿を現し、声をかけた。
二人は同時に視線を外す。
「呼ばれてしまいましたね」
フレドリックは名残惜しそうに手を離すと、一礼した。
「では、これで失礼します。兄上に、よろしくお伝えください。――ユリア様」
意味ありげな視線を残し、フレドリックはバルコニーを後にした。
――優しそうな方だったけれど……
どこか、胸の奥がざわつく言い方だったわ。
夜風に当たりながら、その違和感を言葉にできないまま、ユリアは月を見上げていた。




