19 舞踏会
舞踏会当日。
王宮内は準備に追われ、どこも慌ただしい空気に包まれていた。
支度を整えたユリアは、自室で待機していると、アリシアに声をかけられる。
「そんなに緊張なさらなくても、大丈夫ですよ。あれだけ練習なさったではありませんか」
「……そうよね。きっと……大丈夫よね」
ユリアは小さく微笑み、舞踏会の会場へ向かった。
会場は、見たこともないほど煌びやかな人々で溢れていた。
視線の多さに圧倒されながらも、エルフナルドのエスコートのもと、貴族たちへ挨拶をして回る。
「ここからは私一人で回る。お前は少し休んでいろ」
そう告げると、エルフナルドはすでに次の会話相手へと意識を向けていた。
「かしこまりました」
――こういう時は、何をしていればいいのかしら……。
立っているだけでは、かえって目立ってしまうわね。
お腹も空いたし、少しお料理をいただこうかしら。
ユリアが料理の並ぶテーブルへ向かうと、背後から声がかかった。
「ごきげんよう、王妃様」
「はじめまして、ユリアです。あの……申し訳ありません。まだ皆様のお顔を覚えきれていなくて……」
正直に謝ると、女性はにっこりと微笑んだ。
「お気になさらないで。私はミラベルと申します。エルフナルド様とは、時々親しくさせていただいているの」
その言葉のどこに含みがあるのか、ユリアにはまったく分からなかった。
「陛下のお知り合いでしたか。失礼いたしました。今後ともよろしくお願いいたします」
ユリアは慌てて頭を下げた。
「……あなた、今の言葉の意味、わかっていらっしゃらないの?」
ミラベルの表情が一変し、眉間に皺が寄る。
「まあ、いいわ。教えて差し上げます」
そう言ってユリアを値踏みするように見下ろし、鼻で笑った。
「エルフナルド様、ご結婚なさってから、あなたのところにはほとんど行っていないのでしょう? 無理もないわね。あなたでは、満足なさらないでしょうし」
その言葉の真意は、やはりユリアにはよく理解できなかった。
けれど――自分の容姿を貶められているのだということだけは、はっきりと伝わってきて、ユリアは思わず眉をひそめた。
しかし同時に、目の前に立つミラベルと自分を比べてしまい、胸の奥がちくりと痛む。
ミラベルは、頭の先から足の指先まで磨き上げられたような艶やかな肌に、光を受けて輝く金髪。
胸元が大きく開いた紫のドレスを、嫌味なく、むしろ誇るように着こなす妖艶な女性だった。
一方のユリアは、サーモンピンクの可愛らしいドレスに身を包んでいるものの、胸元はきっちりと留められている。
膨らみも控えめで、侍女に工夫してもらっているとはいえ、大人の女性というよりは、どうしても少女の域を出ない印象だった。
何も言い返せずに黙り込むユリアを見て、ミラベルはさらに言葉を重ねる。
「エルフナルド様は、色気のある女性がお好きなの。ここにいる誰もが、一夜だけでもお相手していただきたくて努力しているのよ? それなのに――」
声には、次第に苛立ちが滲み、口調も荒くなる。
「あなたみたいな人が、いきなり王妃になって……しかも抱かれているなんて……本当に腹立たしいわ」
その言葉に、ユリアは息を呑んだ。
「……あの」
ユリアは胸の奥に広がる戸惑いを押さえ込み、意を決して口を挟んだ。
「先ほどから仰っていますが……"一夜を共にする"というのは、世継ぎのお話なのでしょうか? 皆様は、陛下の世継ぎを望んでいらっしゃるのですか?」
ミラベルは一瞬、言葉を失ったように目を見開いたかと思うと、次の瞬間、呆れと嘲りが入り混じった視線を向けてきた。
「……本当に、何も知らないのね」
深くため息をつき、吐き捨てるように言葉を続ける。
「世継ぎだけの話じゃないわ。抱かれること、そのものの話よ。女に生まれたなら、それを求めるのは当然でしょう? 一度でも味わえば、もう元には戻れない。忘れたくても、忘れられなくなるものなのよ」
鋭い視線で睨みつけられ、ユリアはようやく、この場で語られている“意味”を理解した。
だが――自分が抱かれてなどいないことも、世継ぎを作るつもりがないことも、ここで口にすることは許されていない。
何も言えずに黙り込むユリアを一瞥すると、ミラベルは興味を失ったかのように踵を返した。
その背中を、ユリアはただ立ち尽くしたまま見送るしかなかった。




