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18 誤解

 ユリアが翌朝目を覚ますと、いつもとは違う天蓋と調度品が目に入り、驚いて、思わずベッドから身を起こした。

 見慣れない景色に一瞬息を呑み、すぐに昨晩の出来事を思い出す。


 ――そうだった。昨日は、陛下に呼ばれて……この寝室で休んだんだったわ。


 だが、そこまで思い出したところで、ユリアは小さく首を傾げた。


 ――でも……私は、長椅子で眠ったはずよね? どうしてベッドに……?


 昨夜の記憶を辿ろうと必死に考えてみるものの、長椅子に横になったところから先が、どうしても思い出せない。

 首を捻ったまま考え込んでいると、控えめなノックの音が響き、アリシアが部屋に入ってきた。


「おはようございます、ユリア様。ご朝食の準備が整いました。陛下もご一緒されるとのことですので、身支度を整えてご移動ください」


 昨日に続いて、また陛下と一緒だと聞き、ユリアは内心驚いたが、待たせるわけにはいかないと気を引き締めた。

 急いで支度を整え、少し早足で食事の部屋へ向かう。

 部屋に入ると、すでにエルフナルドは席に着いていた。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません」


 少し息を切らしながら頭を下げると、エルフナルドはユリアを一瞥し、無言のまま小さく頷いた。

 その後も特に会話が交わされることはなく、静かな食器の音だけが部屋に響いていたが、不意にエルフナルドが口を開いた。


「……身体は、痛くないのか」


 その言葉に、ユリアは思わず手を止め、エルフナルドの方を見て小さく首を傾げた。

 何のことを指しているのか分からず、少し考えてみたが、心当たりはまったくない。


「特に……どこも痛くはありませんが……」


 それでも無言でいるのは失礼だと思い、そう答えた。


「そうか。それならいい」


 それきりエルフナルドは口を閉ざし、再び沈黙が落ちた。

 結局、ユリアにはその問いの意味が分からないままだった。


 その後、執務室に戻ったエルフナルドを、カリルがどこか含みのある表情で迎えた。


「なんだ、カリル。言いたいことがあるなら言え」

「いえ……お食事をお勧めしたのは私ですが、まさか昨日、寝室までお誘いするとは思っておりませんでしたので。少々驚きました」

「舞踏会の話をするためだ。それ以上の意味はない」

「それなら、食事の席でも十分だったのでは?」


 エルフナルドは黙り込み、カリルはなおも視線を外さない。


「……まだ何かあるのか」

「世継ぎはいらないとおっしゃっていた割に、さすが陛下。手がお早いな、と」

「……何の話だ?」


 怪訝な表情を浮かべるエルフナルドに、カリルは肩をすくめた。


「朝食の際、王妃様のお身体を気遣っていらしたでしょう?」

「……あれは、そういう意味ではない」

「え? 違うんですか?」

「……」


 エルフナルドはしばし沈黙し、やがて小さく息を吐いた。


 ――なるほど。あの一言だけで、カリルはもちろん、周囲の侍女たちにも余計な誤解を与えたわけか。

 そう考えると、カリルが食事や舞踏会を勧めた意図も、あながち間違いではないのかもしれない。


 ひとり納得したエルフナルドは、カリルが返事を待っているのをよそに、書類を手に取り、これ以上この話題を続けるつもりはないという態度を示した。


 その頃ユリアも自室に戻ると、エルフナルドとの会話を気にしていた様子のアリシアが、そっと声をかけてきた。


「ユリア様……お身体、もしお辛ければ遠慮なく仰ってくださいね。本日から舞踏会まで、いろいろなお稽古が詰まっておりますので……」


 アリシアは心配そうにしながらも、どこか嬉しさを含んだような、複雑な表情をしていた。


「陛下もそうだったけれど……どうして皆、私の身体のことを心配してくれるの? 私は本当に元気よ?」

「なるほど……陛下はやはり、そういうところは慣れていらっしゃるのですね。ある意味、安心いたしました」


 アリシアはそう呟き、ひとりで納得したように小さく頷く。

 だがユリアには、やはり話の意味が分からなかった。

 

 午後からはダンスの稽古のため、ユリアは王宮のホールへ向かった。


「ではユリア様。まずは、どの程度踊れるのか拝見してもよろしいでしょうか。そこからレッスン内容を決めますので」


 そう声をかけてきたのは、ダンス講師のライラだった。

 アリシアから「とても厳しく、スパルタだ」と聞いていたユリアは、思わず背筋を伸ばす。


「ライラ先生……申し訳ありません。実は、私、ダンスはまったく踊れません。ですので、基礎から教えていただけますでしょうか」


 戦場に出ることはあっても、舞踏会に参加するような機会など一度もなかった。

 見栄を張る意味もないと判断し、正直に伝える。

 ライラは一瞬だけ目を丸くしたが、余計なことは何も言わず、「わかりました」とだけ答え、すぐに基本のステップから指導を始めた。

 

 ダンス、歩き方、立ち居振る舞い、食事の作法――。

 どの講師も容赦なく、しかし確実にユリアを鍛え上げていった。

 連日の厳しい指導のおかげで、舞踏会前日にはすべて「合格」の評価を受けた。

 

 舞踏会前夜。

 ユリアは自室のバルコニーで、ひとり静かにステップを踏んでいた。


 ――合格はもらっている。

 

 それでも、前日になると不安が込み上げてくる。


「……完璧にしないと。教えてくださった先生方に申し訳ないもの。それに……」


 小さく息を整えながら、ユリアは呟く。


「陛下に恥をかかせるようなことをしてしまったら……大変だわ」


 その姿を、自室のバルコニーの長椅子から、エルフナルドが静かに見つめていた。

 ユリアは見られていることなど知る由もなく、ひたすらステップを繰り返していた。

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