17 静かな夜
"世継ぎは作らない"
そう告げられていたとはいえ、寝室に呼ばれたことで、ユリアがまったく何も考えずにいられたわけではなかった。
王妃として、この国に嫁いだ以上、いつかは向き合わなければならない役目があることも、理解していた。
それが今夜なのか、それとも、まだ先なのか――
寝室に足を踏み入れた瞬間、婚姻の儀の夜の記憶が、どうしても脳裏をよぎる。
あのときも、こうして静かな部屋で、一人椅子に座って待っていた。
色々と考えを巡らせていたせいで、胸の奥は落ち着かず、指先がわずかに震えていた。
怖くないと言えば、嘘になる。
それでも――逃げることは許されない立場だということを、ユリアはよく分かっていた。
やがて、エルフナルドがベッドに横になったのを確認し、部屋が静まり返る。
何かを言われることも、呼ばれることもない。
――今夜も、何もないのだ。
そう理解した瞬間、張り詰めていたものが、ふっと緩んだ。
安堵と同時に、胸の奥をかすめる小さな痛み。
本来なら王妃として望むべきことではないのに、ほっとしてしまう自分がいた。
「……おやすみなさいませ」
小さく呟き、ユリアは長椅子に横になった。
庭園での作業に加え、慣れない緊張が続いたせいか、身体は想像以上に疲れていた。
目を閉じると、意識は驚くほどあっさりと遠のいていく。
室内には静かな寝息だけが残り、時がゆっくりと過ぎていった。
――ドスンッ。
重い音が響いた瞬間、エルフナルドは反射的に剣を掴み、ベッドから跳ね起きていた。
暗闇の中でも、身体は即座に戦場の感覚を取り戻す。
敵襲か、それとも――。
鋭く視線を走らせた先から、聞こえてきたのは、規則正しい寝息だった。
拍子抜けしたように眉をひそめ、目を凝らした。
すると、長椅子の脇に転がる小さな影があった。
ユリアが寝返りを打った際に転げ落ちたのだろう。
剣を鞘に収め、エルフナルドは深くため息をついた。
「……おい」
低く声をかけても、ユリアは目を覚まさない。
身じろぎひとつせず、眠りは深いようだった。
このまま放っておくわけにもいかず、エルフナルドは痺れを切らして彼女に近づいた。
抱き上げた瞬間、思ったよりもずっと軽い身体に、わずかに眉が動いた。
そっと長椅子の上に戻そうとした、その時、眠ったままのユリアが身じろぎし、再び床へ落ちそうになる。
「……っ」
考えるより早く腕が伸び、落ちかけた身体を受け止めていた。
そのあまりにも無防備な姿に、今度は思わずため息が零れた。
そして観念したように、再びユリアを抱え上げると、先ほどまで自分が横になっていたベッドへ運び、その身体を静かに寝かせた。
そんなことが起きているとは知る由もなく、ユリアは変わらず穏やかな寝息を立て、気持ちよさそうに眠り続けている。
「……こいつは本当に、王女だったのか」
エルフナルドは小さくそう呟き、眠るユリアを見下ろした。




