15 王の夜
夜もすっかり更けた頃、ある屋敷の一室では、二人の男女が密やかに関係を結んでいた。
「あっ……エルフナルド様……」
甘く掠れた声が闇に溶け、やがて情事は静かに終わりを迎えた。
先に身を起こし、無造作にトラウザーズを履いたエルフナルドの背に、女が名残惜しそうに身体を寄せた。
「ご結婚なさったので……もう、お呼びいただけないかと思っていましたわ。ご新婚ですのに、王妃様が寂しがられるのではありませんか?」
そう囁きながら、女の指が彼の太ももに絡みつく。
エルフナルドはその手を振り払うこともせず、淡々と答えた。
「……お前には関係ないだろう。それとも、もう来なくていいと言ってほしいのか?」
女の指先には、まだ熱が残っている。
だが彼の声には、すでに情事の名残すら残っていなかった。
情を交わしたはずの相手を前にしても、彼の中には何も残っていない。
「まあ……陛下はお意地が悪いわ。そんなこと、思っていないと分かっていらっしゃるのに」
女は微笑み、彼の唇にそっと口づけた。
拒むでもなく受け入れたエルフナルドは、そのまま再びベッドへと引き戻されていった。
翌朝。
執務室に現れたエルフナルドを一目見るなり、カリルは小さく息を吐いた。
「陛下。お戯れもほどほどになさいませんと……王妃様とのご関係が良くないと、すでに噂が立ち始めております」
「……好きに言わせておけ。現に、あの女との子を作るつもりなどない」
面倒そうに吐き捨てるエルフナルドに、カリルは眉をひそめた。
「ですが陛下。先王陛下とのお約束は、いかがなさるおつもりですか」
「父上は、私に娶れと言っただけだ。子を成せとは言われていない」
「そのような理屈が通るはずがございません」
深いため息をつきつつ、カリルは珍しく強い口調で言い返した。
「このままでは、王妃様との不仲の噂も、いずれ先王陛下のお耳に入るでしょう」
「……」
エルフナルドは書類から視線を外さないまま、わずかに口元を歪めた。
図星を突かれたわけではない。
ただ、その話題に向き合うこと自体を、彼は避けていた。
沈黙するエルフナルドに、カリルはさらに言葉を重ねた。
「まずは、ご一緒に食事を取られてはいかがでしょうか。お二人が並ぶ姿を見せるだけでも、周囲の見方は変わります」
その提案に、エルフナルドは露骨に顔をしかめた。
王妃と並ぶ――その言葉だけで、胸の奥に小さな苛立ちが生まれる。
形式だけの関係を、さも円満であるかのように演じろというのか。
「それだけで仲が良いと思う者がいるか? 気休めに過ぎん。そもそも、なぜ私がそこまでせねばならない」
「良い噂も悪い噂も、広まる速さは同じでございます」
苛立ちを向けられても、カリルは冷静さを崩さなかった。
「もう一つ……」
そう前置きしてから、静かに続ける。
「一週間後の舞踏会に、王妃様とご一緒にご出席ください。王宮内だけでなく、国中の目に“仲睦まじい王と王妃”の姿を映しておけば、噂もいくらか沈静化するでしょう」
エルフナルドは眉間に深い皺を刻み、しばし黙考した。
やがて、重たい溜め息とともに口を開く。
「……わかった」
渋々といった声音だったが、それ以上の反論はなかった。




