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14 見守るまなざし

 庭園の作業は、クリックが他の仕事で来られない日も多く、その場合はユリアひとりで進めていた。

 それでも作業は着実に前へと進んでいた。

 そんなある日、ユリアは庭園の一角で、小さなビニールハウスを組み立てていた。


「ユリア様、こんにちは。別件があり、来るのが遅くなってしまいました。申し訳ありません」

「クリック様、お仕事お疲れさまです」


 背後から声をかけられ、ユリアは振り返りながら挨拶をした。

 

「それは……何をなさっているのですか?」


 クリックは、ユリアの手元を指さし、尋ねた。


「これは、ビニールハウスを作っているんです」

「ビニール……ハウス、ですか」


 聞き慣れない言葉に、クリックは首を傾げながら覗き込む。


「以前お話しした、南の国の薬草のこと、覚えていらっしゃいますか? あの薬草は、この国では少し寒すぎるんです。だから、こうして覆ってあげれば保温効果が高まって、育てやすくなると思ったんです」

「なるほど……薬草に合わせて環境を整えるのですね」


 クリックは感心した様子で、内部をじっと観察した。


「光を集める工夫をすれば、さらに効果があるかもしれません。でも、まずはこの方法で様子を見ましょう。この薬草は湿度も大切なので、きっと合うはずです」

「……ユリア様は、本当に不思議なお方ですね」


 ぽつりと落とされたその言葉に、ユリアはきょとんと目を瞬いた。


「不思議、ですか?」

「ええ。普通は、ここまで手間のかかることを楽しそうにやろうとは思いません。それに……失礼ですが、王妃様がご自分で土に触れる姿も、あまり見たことがありません」


 少し言いづらそうにしながらも、クリックは正直に続けた。

 

「でも、ユリア様の知恵には、本当に毎度驚かされます。育つのが楽しみですね」

「はい! ここまで来たら、あとは芽が出るのを見守るだけです」


 二人は庭園を見回し、満足そうに顔を見合わせて笑った。

 やがてクリックはひとり視線を落とし、庭園の一角に並び始めた薬草へと目を向ける。

 けれど、脳裏に浮かんだのは、隣で土に触れていたユリアの姿だった。

 

――……不思議な方だ。

 

 知識があるからではない。

 手際がいいからでもない。


 土に触れるその仕草が、あまりにも迷いがなくて。

 育てることを、結果ではなく過程ごと楽しんでいるように見えた。


――王妃、という立場を、忘れてしまいそうになる。


 それが危ういことだと、分かっていないわけではない。

 それでも――目を離せないと思ってしまう自分がいた。

 

「あ、そういえば……」


 ふと、クリックが思い出したように口を開く。


「陛下は、ユリア様がこの庭園を手入れされていることについて、何かおっしゃっていましたか?」

「え……?」


 一瞬、ユリアは言葉を失った。


「い、いえ……特には……」


 そう答えながら、内心では胸がどくりと鳴った。


 ――どうしましょう。

 薬草をどう復活させるか、そればかりに気を取られていて、陛下に許可を得ることをすっかり忘れてしまっていたわ。

 それに、そもそもなかなかお会いする機会もないのに、どう切り出せばいいのかしら……。

 部屋に戻ったら、まずはアリシアに相談してみなくちゃ。

 

 その日の夜、自室に戻ったユリアは、そわそわしながらアリシアに尋ねた。


「ねえ……庭園のことなんだけど。私、陛下にお許しをいただくのを、完全に忘れていて……大丈夫かしら?」

「……やはり、そうだと思っていました」


 アリシアは小さく息を吐き、苦笑しながら答える。


「ユリア様が最初に庭園へ行かれた日に、側近のカリル様を通して事前に確認しております。好きに使って構わない、とのことでしたよ」

「聞いてくれていたのね! 本当に、さすがアリシアだわ」

「褒めても何も出ませんよ。それに……ご報告しなかったのは、ユリア様が庭園のことで頭がいっぱいだったからです。もし許可が下りていなくても、どうせ行かれていたでしょう?」

「……ごもっともです」


 ユリアはぺろりと舌を出して、少しおどけてみせた。


「でもね、今日でほとんど手入れは終わったの。あとは水やりをして成長を待つだけ。次は、薬草から薬を作ってみようと思ってるのよ」


 生き生きと語るユリアを、アリシアは微笑ましく見つめていた。

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