13 芽吹く庭園
庭園を復活させると話した翌日、ユリアは薬事室でクリックと会う約束をしていた。
今日もひとりで庭園へ向かうつもりで身支度を整えていると、背後からアリシアに声をかけられた。
「あの、ユリア様……。今から庭園へ行かれるのですよね?」
どこか遠慮がちに、けれど思い切ったように、アリシアは言葉を続けた。
「あの……怪しんでいるわけでは決してないのですが……クリック様がどのようなお方なのか、少し気になりまして。もしよろしければ、私もご一緒してもよろしいでしょうか?」
「あら、クリックさんはとてもお優しい方よ。心配なんていらないわ」
そう言ってから、ユリアは少し考えるように首を傾げ、柔らかく笑った。
「でも、アリシアにも紹介しておきたかったから、ちょうどいいかもしれないわね」
アリシアの不安げな視線をよそに、ユリアは変わらず柔らかく微笑んでいた。
支度を終え、二人で薬事室へ向かう。
庭園を抜けた奥の、いつもは施錠されている扉の前で、ユリアは足を止めた。
軽くノックをすると、内側から静かな声が返ってくる。
「どうぞ」
扉を開けると、薬草の乾いた香りがふわりと漂った。
「おはようございます、クリック様」
「おはようございます」
穏やかに返された声を受けて、ユリアは一歩横にずれた。
「こちらは、私の侍女のアリシアです。この国に来てから、とてもよくしてくれている子なんです。これから時々、お手伝いしてもらうこともあると思うので……」
「それは心強いですね。お手伝いいただける方が多いのは、ありがたいことです」
クリックは微笑み、アリシアの方へ向き直って一礼した。
「はじめまして。薬師のクリックと申します」
「侍女のアリシアです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
互いに挨拶を交わす間、アリシアはさりげなくクリックの様子を窺っていた。
言葉遣いも立ち居振る舞いも穏やかで、少なくとも、警戒すべき人物には見えない。
「それでは移動しましょうか!」
ユリアがそう言うと、三人は薬事室を後にした。
庭園へ向かう足取りに、ユリアの胸は不思議と軽かった。
やがて庭に出ると、彼女たちはすぐに作業に取りかかった。
「今日はまず、完全に枯れてしまっている薬草を抜いてしまいましょう。もし種が残っていれば、使えるものは後で植え直せますから」
ユリアの提案に、クリックは少し考えるように頷いた。
「……なるほど」
その声には、納得と同時に、ほんのわずかな感心が混じっていた。
ユリアは抜かれた薬草を受け取り、乾いた茎や葉を確かめながら、使えそうな種を選り分けて籠に入れていった。
およそ二時間ほど作業を続け、一区切りついたところで、クリックがユリアのそばに歩み寄った。
「ほとんどが駄目になっていると思っていましたが……こんなにも、まだ生かせるものが残っているとは」
「ええ。思ったより元気なままの薬草も多くて助かりました。ほら、植え直せそうな種も、こんなにあります」
ユリアは籠を持ち上げ、嬉しそうに見せた。
「希望が見えてきましたね」
その言葉に、クリックも静かに頷いた。
「ユリア様、クリック様。お茶をお持ちしましたので、少し休憩なさいませんか」
作業の様子を見守っていたアリシアが、湯気の立つ茶器を手に声をかける。
「ありがとう、アリシア。ちょうど一息つきたかったところだわ」
ユリアはそう言って微笑み、三人は並んで腰を下ろした。
「三人で作業したから、あっという間だったわね。ひとりだったら、何日もかかるところだったわ」
「昨日ユリア様がおっしゃっていた肥料を、今朝のうちに用意してまいりました。午後は、そちらを使われますか?」
「まあ、もう準備してくださったのですね。ありがとうございます。では、休憩のあとに早速やってしまいましょう」
午後の作業内容について自然と話し合うユリアとクリックの様子を、アリシアは一歩引いた場所から眺めていた。
ユリアが楽しそうにしていることに安堵しつつも、自分が入り込めない空気を、どこかで感じていた。
その日の作業をすべて終え、ユリアとアリシアは自室へと戻った。
部屋に入ると、アリシアは手際よく紅茶の準備をしながら、ふと微笑んで声をかける。
「ユリア様とクリック様は、昨日が初対面だったとは思えないほど、息が合っていらっしゃいますね。少し……嫉妬してしまうくらいです」
「そうかしら? でも、クリックさんが私の考えをすぐ理解してくださるからかもしれないわね」
ユリアは嬉しそうに笑い、身を乗り出した。
「薬草や薬の話ができる人が、こんな近くにいらっしゃるなんて思ってもみなかったの。とっても楽しくて!」
「ユリア様がこの国で楽しめることを見つけてくださって、私も本当に嬉しいです。でも……どうか、ご無理だけはなさらないでくださいね」
「ありがとう、アリシア。――それじゃあ、今日も文字のお勉強を始めましょう」
紅茶を飲み終えると、ユリアはアリシアの隣に腰掛け、文字の読み書きの勉強を始めた。
アリシアの覚えは驚くほど早く、ひとつ教えるたびに、次々と文字を吸収していく。
「それにしても、本当に物覚えがいいわ。この調子なら、すぐに本も読めるようになるわね」
「ユリア様の教え方がお上手なんです。勉強、とても楽しいです!」
「それはよかったわ。本が読めるようになったら、ぜひ私のおすすめを読んでちょうだい」
こうして、ユリアの日常は穏やかに、そして充実したものへと変わっていった。
アルジール国へ嫁いできた当初は、自分の行く先も見えず、不安ばかりだった。
けれど今は、この国でやりたいことがある。
そのことが、ユリアの心を少しずつ軽くしていた。




