10 庭園での出会い
翌日の朝食を終えたあと、ユリアは再び庭園を訪れていた。
アリシアは、別の仕事で侍女長に呼び出されたとのことで、ユリアはひとり、静かな庭園内を歩いていた。
枯れかけた薬草の間を進みながら、いくつかを手に取り、ユリアは考え込んだ。
「この薬草も……あの薬草も、怪我によく効く薬草ばかりだわ。この国にも、私のように戦争に帯同していた人がいたのかしら……。しかも――」
「薬草に、ご興味がおありですか?」
背後から突然声をかけられ、ユリアはびくりと肩をすくめた。
「驚かせてしまって、申し訳ありません」
そう言って現れたのは、瓶底のように分厚い眼鏡をかけた、まだ若い男だった。
「私は、この国で薬事をしております。クリックと申します」
突然の訪問者に戸惑いながらも、ユリアは昨日アリシアから聞いた話を思い出した。
薬事室に時折顔を出す薬師がいる、と。
――まさか……この方が?
思わず上から下までじっと眺めてしまい、はっと我に返った。
「あ……。私はユリア・シュバル……」
一瞬、旧姓を口にしかけ、慌てて言い直した。
「……ユリア・ランカスターと申します」
「王妃様でございましたか。それは失礼いたしました」
クリックはユリアの動揺など気にも留めない様子で、落ち着いた所作のまま、ゆっくりと頭を下げた。
「しかし……こちらには、どのようなご用で? ここは普通の庭園とは違い、王妃様がお好みになりそうな花などは咲いておりませんが……」
穏やかな口調で問われ、ユリアは思わず背筋を伸ばす。
少し考える間もなく、言葉が早口になった。
「いえ、その……この庭園の薬草に興味があって。昨日、侍女から話を聞いたんです。草花が枯れていると聞いて、実際どのような状態なのか、気になって……」
そこまで一息に話してから、ユリアは言葉を選ぶように口をつぐんだ。
「薬草に興味をお持ちとは……驚きました」
クリックはそう言うと、感心したように小さく頷き、今度は改めてユリアをじっと見つめた。
――怪しまれている……?
思わず緊張するユリアだったが、次の瞬間、クリックは小さく笑った。
「そんなに身構えないでください。薬草に興味を持たれる女性など、滅多におられませんので。つい……失礼しました」
ユリアはほっと胸をなで下ろした。
「元々、この場所は普通の庭園でした。しかし、十五年ほど前から、第一王太子であらせられたリヒター様が、薬草専用の庭園として手入れをされていたのです」
クリックは周囲を見渡し、懐かしむように続けた。
「ここにある薬草は、すべてリヒター様が他国から持ち帰られたものばかりで……私には見たことのないものばかりでした。ですので、教えを請いながら、薬の調合をお手伝いをしておりました」
その声色には、尊敬と誇りが滲んでいた。
「私は薬師として、この国の薬草と薬には通じておりますが……他国のものとなると話は別でして。リヒター様がお亡くなりになられた後、庭師の方々と協力して世話を試みましたが……このような有様に」
クリックは悔しそうに庭園を見渡した。
「そうだったのですね」
ユリアは静かに頷いた。
「でも、この王宮には他にも薬師の方がいらっしゃると聞きました。どなたか、分かる方はいらっしゃらなかったのですか?」
その問いに、クリッの表情はさらに陰った。
「この国の薬草ではないため、他の薬師たちは皆、栽培に反対しておりました。協力は得られず……」
「なるほど……。他国の文明を取り入れるというのは、誰でも躊躇してしまいますものね」
「ですが!」
クリックは思わず声を強めた。
「躊躇ばかりしていては、何も発展いたしません。リヒター様がこの薬草を研究される姿に、私は胸が踊りました。新たな発見の一助となれることが、誇りだったのです」
拳を握りしめ、続ける。
「……ですが、リヒター様が亡くなられ……希望は一度、完全に断たれました。それでも、あのお方の志を、私が繋いでいきたいと……そう思ったのです」
クリックは一瞬、言葉を切り、視線を落とした。
「しかし……私が関わっていたのは、収穫された薬草の調合のみ。栽培には携わっておらず……このような結果を招いてしまいました」
そう言って、枯れた薬草をそっと手に取る。
「それでも、未練がましく……時折ここへ足を運び、こうして眺めてしまうのです」
クリックは視線を落とし、やり場のない思いを静かに滲ませていた。




