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お父様、やはり魔王って強いんですか?


 魔王、それは人間からみれば世界を脅かす強大な存在であり、最も忌み嫌われる存在です。

 しかし魔族にとっては自分たちの王であり、力の象徴でもあります。

 力こそすべてという思想の根強い魔族がまとまることができるのは魔王がその頂点に君臨していることが大きいです。

 人間は基本的に個々では魔族より弱く、魔王は魔族の頂点に立つ存在。つまりこの世の生物の中で最強の存在と言えます。

 巌のような体躯に燃え盛る赤髪、纏う魔力は人によっては目にするだけで戦意を失うほどの威圧を放つ圧倒的な存在。

 そしてここ百年にわたって、人類の最高戦力である勇者一党を何度も返り討ちにしてきた生きる伝説。

 そんな魔王ガリア――私の父が今、勇者の前に姿を現しました。

「皆!構えろ!」

 勇者の方の言葉に、僧侶のお姉さんと眼鏡の方が身構えます。しかし三人の顔には苦しさが滲んでおり、僧侶のお姉さんに至っては今にも泣きだしてしまいそうです。

 私にとっては救い、しかし彼らにとってはまさしく災いです。

「ステラ、怪我はないか」

 私に向けられるお父様の声は低く、慈愛に満ちています。ですが眼鏡の方の魔法から私を庇ったお父様の腕は酷く爛れており、今も煙と嫌なにおいを発しています。人の心配をしている場合ではないでしょう。

「お父様、私は無事ですがお父様のほうが……」

「よい。この程度怪我の内にも入らん」

 いや私がもし同じ怪我をしたら全治何か月か、下手をしたら感染症で死んだり後遺症が残りそうなレベルなのですが……。さすがは魔王というべきか、全く苦にする様子が見えません。

 とはいえ、とても気になります。先ほどと同じように神様に祈れば、治らないでしょうか。そう思って祈ってみましたが、お父様の怪我は一向に治る気配がありません。護衛の兵士や侍女の方を治した時のように、青い光に包まれているにもかかわらずです。

「聖女の力では魔王を癒せぬよ。あまり無理をするな」

 そういってぽんと頭を撫でられます。言われてみれば相反する存在である聖女と魔王、確かに力が通じなくても不思議はないのかもしれません。ですが確かに、私の中から力が抜けていく感覚はあったのです。

 果たして……という考えは勇者の方によって遮られました。

「お前が魔王ガリアか」

「いかにも。我こそが魔王ガリア、お前たちが求める首である」

 勇者の方に向き直ったお父様が名乗ります。いえ、向き直ったというのは間違いかもしれません。お父様は私と会話している最中も、彼らの攻撃に対応できるよう意識を向けていたように思います。事実隙を伺うような動きを見せている勇者の方と眼鏡の方は一歩も動きを見せていませんでした。

 ですからそう、ただ名乗ったといった方が正しいのでしょうか。

 ただお父様の名乗りは終わっていませんでした。そして、とお父様は言葉を続けます。

「今そこの下郎が殺めようとしたステラの父!そう、父である!」

 大きな声でした。空間がびりびりと震え、思わず耳を塞いでしまうほどに。状況を見れば、娘を殺されそうになった怒りが抑えきれなかった結果に思えます。しかし実際は確かに怒りもあるのでしょうが、父という言葉がやけに強調され微かに喜色が滲んでいました。

 もしかすると、私の先ほどお父様の娘であることをはっきり宣言したことがよほど嬉しかったのでしょうか。確かに魔王の娘という立場を受け入れたくないが故に、ずっとただの人間だと主張してきましたが、それほどに?

 こっそり顔を伺ってみれば、少しだけ口元がにやけていました。それでもいつものお父様を知らない勇者の方々から見れば、その姿は怒れる魔王に映ることでしょう。

 まさか命の危険を感じた後に、お父様が実は親ばかである可能性が浮上してくるとは。いえそういえば、お父様は私にはだいぶ甘かった気がしますね。

 ならもしかすると、この頼みも聞いてもらえるでしょうか。

「お父様」

「どうした、ステラよ」

「こんなお願いをしていいのかわかりませんが、できれば僧侶のお姉さんだけは殺さないでくださいませんか」

 お父様が眉をピクリと動かし、勇者一党の方々は困惑した様子です。

「構わんが……一体どうした?」

「僧侶のお姉さんはお母様の知己だそうです。ですから、お母様の話を伺いたくて」

 なるほどと納得がいったようにお父様が頷き、笑いました。

「確かにな。リリアがいないことでステラにはさみしい思いをさせている。それくらいは叶えてやらねば父の名が廃るな」

「……もう勝ったつもりでいるのか」

 勇者の方が唸るように声を絞り出しました。それはまるで猛獣が牙を剝きだして威嚇するようでした。

「悔しければかかってくるがよい、勇者よ。虚勢ほど空しいものもない」

 次の瞬間、パンと音が爆ぜました。遅れて私が認識したのは腕を振りぬいたお父様とその軌道に舞う血煙、そして壁に吹き飛んだ勇者の方の頭でした。

 お父様に飛び掛かった勇者が、その拳一つで文字通り粉砕されたということでしょうか。壁に当たって跳ね返った勇者の方の剣がからんからんと空虚な音を立てて落ちました。

「あ、れ……ふ……?っう”!」

 私と同じように遅れて何が起きたのかを認識した僧侶のお姉さんがうずくまり、胃の中の物を抑えきれずに吐き出しています。確かに目の前で目撃する仲間の死の中でも、かなりのトラウマものです。聖女の力とやらが、心の傷も治せるとよいのですが。

「ああ……」

 眼鏡の方は絶望したようで、膝をついて茫然としています。膝をついた拍子に手放した杖を拾う様子すらありません。

 たった一撃、ただの拳一振りで、人類の最高戦力である勇者がつゆと消えた。それはどれほどの絶望でしょうか。

 そして私が想像の何倍とかでは言い表せないほどのお父様の強さを目の当たりにして思ったこと。

 それはお父様が強いことに対する安心ではありませんでした。

 もし私が聖女としてお父様と相対することになったら……そんなことをふと考えてしまったのです。

お読みいただきありがとうございます。

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