出発
私は地図を窓から投げ捨てた。投げ捨てた地図は風に乗って遠くまで行ってしまった。私はスーツケースに必要な荷物をまとめた。母の香水も一緒に入れた。香水が光に反射してきれいに光った。しばらくすると両親は外に出て私一人だけになった。その間に「私を探さないで」と言うメモを残し、家の鍵を閉めた。
久しぶりに外に出た。1ヶ月ぶりくらいの外の空気だ。歩けば歩くほど、家が小さくなる。次第に家は私の視界から消えていく。
街は凄い賑やかだった。私くらいの歳の人達が数人で悪ふざけをしていた。それとは対象的に私は無表情だった。誰かに道を聞かれようが、歩きにくい道だろうがただ無表情だった。久しぶりの外を見ても何一つ感動なんてしなかった。私はどこに行くかも分からず、ひたすら歩いていた。街は人だけじゃなく、太陽も照らしていて、鳩もたくさんいた。無表情な私が歩いていくと鳩が逃げて行った。自分に物がとんできたり、小さな子供や老人とぶつかろうと何も私はびくともしなかったし、反応しなかった。私は何かを探しているかのようにさまよっていた。
私は気がついたら、道に落ちている本を拾った。リヨンのガイドブックだ。私はガイドブックをじっくり読んだ。それをすかさずカバンに入れた。
「すみません、この辺りにガイドブック見ませんでしたか?」
「見てないです。」
私は声をかけてくる女性に笑うことなく答えた。そしてすかさずその場を去った。しばらく歩くとリヨン駅についた。地方都市をつなぐ大きな駅の1つ。駅には私のようにスーツケースを引いたり、大きなカバンを持った人がたくさん歩いていた。皆、せかせかしてる。そんな中突然10秒間だけ、誰も見えなくなった。音も全く聞こえなかった。その10秒間探しものしなきゃいけない使命感が出てきた。10秒をすぎると、元通りだった。私は発券機でチケットを買った。最後にクレジットカードを入れて会計した。チケットが出てくると行き先も確認せずにそれをカバンに入れた。
私はリヨンのガイドブックを開いた。両親にヴァカンスで色んな所連れてかれたことが、まだそこには行ったことがない。どんな街かも分からない。チケットを見ると行き先がリヨンだった。時間に余裕があったので、駅構内のカフェに寄った。
「コーヒーとクロワッサンお願いします。」
コーヒーを片手にガイドブックをひたすら読んでいた。特に探しものの手がかりにもならないので、すぐに読むのをやめた。
私はトイレに行き、母の書斎で取った香水を自分にかけた。そして無表情で鏡をずっと見つめた。トイレを出ると人が並んでいた。
電車が来そうな時間になると、チケットに刻印を入れてホームに入った。ホームは人で賑わっていた。外国人観光客もたくさんいた。
「すみません、リヨン行く列車はここで良いんだよね?」
「はい。」
ある高齢の女性が私に質問をした。
「5号車はどこ?」
「あそこの案内板に表示されてます。」
女性を案内して、そのまま別れた。
アナウンスが流れると、列車はいよいよ来た。電車に乗ると少し待ち時間があった。特に何もすることなく出発を待った。
出発するとどんどん見慣れた景色が遠くなって行く。前に座っていた男の子が窓を見てはしゃいでいた。隣には犬連れの中年女性が座っていた。その女性も犬も大人しく寝ていた。
「ディジョンが一番だな。パリは空気が汚いし、商業的で人の住むところじゃねーよ。」
「パリジャン・パリジェンヌは自分達がフランスの中心だと思ってるわ。」
後ろの20代のカップルがディジョンとパリを比較する話ばかりしていた。彼らはディジョンを誇らしく思ってる。私は彼らのように自分が誇れるような場所が世界のどこにも無い。場所だけではなく誇れる人もいない。
隣の女性の犬が起きて、女性にかなりなついていた。
「レア、まだ着いてないよ。」
女性は犬にずっと話かけていてた。
私は窓の外を眺めていた。鳥達が大群になって列車の逆方向を飛んでいた。
列車が到着すると、すぐにホームに降りて、リヨン・パール・ディウ駅の外に出た。時計を見ると腕時計の時間がずれていてあってなかった。どうでも良かったので、そのままにした。時間なんて所詮人間が考えた概念にすぎない。
私は行くあてもなく、リヨン市内を歩き回った。気がついたらフルヴィエールの丘にいた。周りには観光客ばかりだった。リヨン市内がまるごと眺められた。私は丘から飛び降りて、空を飛んで自分が持ってる家族写真を粉々してリヨン市内中に散りばめる妄想をした。
「ちょっと、写真撮って貰っても良いですか?」
丘を眺めてるいると、アメリカ人の若いカップルが英語で話しかけて来た。男性の方はどこか面倒くさい顔をしてた。私はいつの間にかデジタルカメラを手に持っていた。私はそれを見ても何も思わずSDカードを引き抜き、リヨン市内のどこかに投げ捨てた。
「ちょっと何してるんですか?」
女性はカメラを投げ捨てられたことに対して泣いていた。私は引き抜いたSDカードだけ渡してその場を去ろうとした。
「あなた頭おかしいわよ。」
「おい、俺の彼女に謝れよ。」
「誰も写真なんて撮ると言ってないですよ。」
「私が買った新品なカメラなのに。捨てることなんてないでしょ。」
女性は私の頬を激しくビンタした。私はやり返そうともしなかった。
「さっきまで二人険悪モードで喧嘩ばかりなのに写真?写真に写ってる自分が好きなだけなのでは?これでお互い別れられるからそんなカメラなんていらないですよね。」
そんな一言を放ち、その場を去った。周りの人達は私のことを頭おかしい人間だと言う目線を送った。
道を歩いてると倒れている中年女性を見つけた。何も言わずそのまま持ち上げた。
「すまないわ。ちょっとストレスで気持ち悪くなったのよ。」
女性の言われる通り、家まで運んだ。
「運んでくれてありがとう。ちょっと良くなったわ。これから観光して宿に泊まるのかしら?」
「どこにも泊まりません。」
「女の子一人で外で寝るのは危険すぎるわ。しばらく私のところに泊まっていきなさい。」
「はい。」
そのままその女性の家のベットで寝た。