97 魔道具店の危機
「店主さん、その魔剣を貸してください!」
「はい! でも無理しないでね!」
ハーヴェイさんが剣を鞘から取り払った。
できたての白銀の刃がきらめく。
「そのブーツは中敷きに魔力を流すと跳びます! 足の裏に魔力を乗せたことはありますか?」
「分からない……が、たぶんやれます」
ハーヴェイさんはぐっと踏み込んで、大きく飛び上がった。
おそろしく素早い歩行でテウメッサの狐に迫る。
甲高い鳴き声の苦悶。
どこかに斬りつけたみたいで、テウメッサの狐が怯えたように後退した。
フェリルスさんがすかさず喉笛に食らいつく。
テウメッサの狐はフェリルスさんをぶら下げたまま頭を振りまわして、食らいついたフェリルスさんを振り落とし、大きく後ろに後退した。
わたしはその間に、『アリアドネの魔織』を少し大きめに織った。
ブーツでぴょーんと跳んで、端っこと端っこを高い建物の屋根と屋根に引っかけた。
即席の大きなスクリーンだ。
「フェリルスさん、このスクリーンの裏に飛び込んできてください!」
「? おうっ!」
フェリルスさんがすばやく、すさーっとスクリーンの下に飛び込む。
わたしはここに、フェリルスさんの姿を投影。
【幻影魔術‐虚像】
「フェリルスさん、なるべく強く威嚇して!」
百倍くらい大きなフェリルスさんが、スクリーンの中で歯をむきだしにして唸る。
そしてわたしは、実家から持ち出した警報システムの円盤を急いで書き換えた。
これぞおばあさま作、『エコーの声』!
ぴよぴよ、という、かわいらしいひよこの声が入っていた円盤に、フェリルスさんの声が録音された。
最大出力でオン!
グワオオオオオンッ! と、ひときわ大きなフェリルスさんのうなり声が響く。
テウメッサの狐は怯えて足を止め――
そこにすかさずハーヴェイさんが斬り込んでいく。
テウメッサの狐は浅手を負いながら、後ろに大きく飛び退った。
何度も跳んで、市街壁の向こうに消えていく。
や、やった……?
よかった……!
わたしは道路に降りて、ハーヴェイさんとフェリルスさんの無事を確認した。
「大丈夫ですか?」
「ええ、問題ありません」
ハーヴェイさんは魔剣を改めて見つめた。
「……すばらしい剣でした」
「これで拭いちゃってください」
魔織の布を手渡して、剣の始末をしてもらっている間。
近寄って来たフェリルスさんが、クンクンクンクンとハーヴェイさんの匂いをかいだ。
「……お前、なんだかすごい匂いだぞ! どうしたんだ? 魔獣の毛皮でできた服でも着ているのか? それならさっさと脱いだ方がいいぞ! こんな匂いさせてちゃまた狐に襲われる!」
「魔香が……」
天才フェリルスさんはそれだけで全部察したようだった。
「誰かから魔獣の餌にされかけたのか? 酷いことをする!」
わたしは一生懸命魔織をあみあみして、即席の黒いマントを作った。
「また狐が戻ってきたら怖いので、できるだけマントで覆っておきましょう」
ハーヴェイさんに頭からすっぽりマントをかぶってもらう。
これで匂い全部は遮断できないけど、何もしないよりマシ。
「ディオール様のところに行きましょう。フェリルスさん、居場所分かりますか?」
フェリルスさんは鼻を高くつき出して、風の匂いを嗅いでいた。
「……こっちに向かってきてる。お前の帰りが遅いのを心配して、店に向かっているかもしれん!」
あたりは真っ暗になっていた。
「お店に戻りましょう」
わたしは足元がふらついているハーヴェイさんに手を貸して、自分のお店を目指した。
裏通りに入ると、見慣れたディオール様の馬車が目に停まった。
わたしはほっとしかけて、直後に悲鳴を上げた。
お店にバチッと氷の杭が撃ち込まれ、結界に阻まれて溶けて消える。
ドドドドッと、何本も、何本も。
ディオール様がわたしのお店の結界を破ろうと、バチバチ攻撃しているのだ!
「おおおお店壊れちゃうぅぅぅぅ!」
わたしが叫んで飛び出すと、ディオール様が振り向いた。
「リゼ! 無事だったのか!」
ディオール様がわたしを抱きしめて、どこにも怪我がないのを確かめる。すすけたわたしの頬をぬぐって、覗き込んだ。
「まったく帰ってこんから、中でまたフェリルスと馬鹿なことをして倒れてるんじゃないかと」
「そういえばそんなこともありましたね……」
コーヒーブースを作ろうとしていたときのことを考えていたら、ディオール様がお店を指さした。
「しかし、結界がやたらと強力でな。これはどういう仕組みなんだ?」
「わたしのお店ええええ!!」
わたしは急いで警報システムを作動させて、結界の状況をチェックした。
うわあああ、無事でよかったぁぁぁぁぁ!!
あとちょっと帰るのが遅かったら破壊されていたに違いない。
「お、お店の結界ってぇ、百キロの純魔石で作動させてるんですよぉぉぉ……」
「……百キロ? 百グラムの間違いでなく?」
「百キロです」
「城の数十倍厳重じゃないか」
「ディオール様相手には無駄だって分かったので、今度から三百キロにしときます……」
「その魔石が一番高いんじゃないか?」
「わたしはお店がなくなったら廃業なんですよ……!」
わたしは魔石はいくらでも作れるので、そこらへんの価値観はあんまりよく分からない。
ただ、お店には魔道具づくりの道具が大量にそろえてあるので、なくなったらかなりつらい。
うちみたいに馬具から魔術用品まで全部作る魔道具店は、一個のツールを再利用するのは数年後とかもザラにある。
「とにかく、ディオール様にお願いしたいことが」
わたしはハーヴェイさんを振り返った。
つらそうに壁にもたれているハーヴェイさんに駆け寄って、肩を貸す。
「この人ひどいケガなんです。早く治してあげないと」
ディオール様も反対側から手を貸してくれた。
ハーヴェイさんを店内に招き入れ、ソファに座らせる。
ひざまづいてひと目見るなり、ディオール様は眉根を寄せた。
「失血がひどそうだな……腕をやられたか」
「どこかに行っちゃったみたいで、見つからなかったんです。でも、ディオール様なら、また生やせますよね?」
「いや、無理だが?」
ディオール様が、『何を言ってるんだこいつは』という顔で見ている。
「……え? でも、手足は失ってもまた生えてくるって、おばあさまが」
「君の祖母はおかしい」
「……え」
ていうことは、ていうことはですよ。
わたしはことの重大さに、ブルブル震えはじめた。
「も……もしかして、なくした腕って、治療しても生えないんですか……!?」
「当たり前だろう。くっつけるだけならともかく、そんなに簡単に生えてくるようなら苦労はせん」
わたしはうわーっとなった。
「ごごごごめんなさい! そそそそういうことならあのとき何がなんでも腕を探すべきでしたああああっ!」
「うるさい。集中が殺がれる」
ディオール様が【治療】の魔術を使っているので、わたしは慌てて自分の口を両手で覆った。
さ、最低最悪の事態……!!




