95 警報システム発動中
「十年間――『魔力なし』の烙印を押されて過ごすには、長すぎる時間でした」
基礎教練を怠らなかったおかげで、良い魔石に巡り合ってからはめきめきと実力を伸ばしているが、騙されていなければ、もっと早くに成長していただろう。
「以前からおかしいと思っていました。あなたは、自分がこの家から出ようとすると、いつも先回りして邪魔をしてくる」
血のつながった兄なので、疑いたくはなかった。
しかし、今度という今度は看過できない。
「どうしてこんなことをするのですか?」
マクシミリアンはハッと嘲笑した。
「俺はお前が大嫌いだ」
投げつけられた悪意には、やはり、という感想しか抱かなかった。
「……金貨は返していただきます。自分のことは勘当してくださって結構です」
ハーヴェイはベッドの下から金貨袋を引きずり出し、背に背負った。
「やめろ! 勝手に出ていくな!」
マクシミリアンが掴みかかろうとするのを、ハーヴェイは片手で制した。
昔から、武芸の腕ではハーヴェイが勝っていた。
首元の服をつかみ上げ、宙づりにすると、マクシミリアンは苦し紛れに魔術を使おうとした。
「この――っ!」
人ひとり包み込めるほどの大きな火柱は、燃え上がる前に霧散した。
「な……何をした……!?」
「初歩の防壁です」
マクシミリアンの瞳に怯えの色が宿る。
抵抗する気がなくなったのを見計らって、ハーヴェイはマクシミリアンを離した。
火かき棒を取り上げ、魔狼のチャームを暖炉からかき出す。
端が少し焦げていたが、チャームはまだ無事だった。
ほっとして見つめていたとき、急にバシャリと冷たいものを浴びせられた。
マクシミリアンが、空の瓶を見せつけてくる。
「これが何だか分かるか?」
じっとりとした液体は、オイルであるように思われた。
「魔獣が好む香りの魔香だそうだ」
ハーヴェイは驚いて、手近な毛布をつかみ、全身をぬぐう。
「無駄だ! 洗っても一か月は落ちないという話だ」
無視して身体を拭き続ける。
濡れた部分は大半が取れたか乾いたかしたが、特別な匂いは感じない。
うろたえているハーヴェイに、マクシミリアンが嘲笑を浴びせる。
「俺が宮中職に就いたのはなぁ、こいつのおかげだよ! 葬りたい人間を確実に消せるってんで、半信半疑で買ってみたが、これが大当たりだ! ははは、ざまぁみろ! お前も食われるがいい!」
「……では、お前も道連れだ」
ハーヴェイは魔香がたっぷり染みついた毛布を、マクシミリアンにかぶせた。
マクシミリアンは毛布を跳ね除け、腹を抱えて笑う。
「ははは、無駄無駄ぁ! 匂い消しもちゃんと用意してある! ――お前はどこへなりと行って狐に襲われろ! ああ、死ぬときは屋敷の外にしろよ!?」
ハーヴェイはマクシミリアンに匂い消しの居場所を吐かせようと、再び掴みかけたが、ちょうどそのとき、屋敷の使用人が入ってきて、運悪く見つかってしまった。
「さっさといけ! 魔獣が来るだろうが!」
この場に留まっていては、いつテウメッサの狐が来るとも分からない。
マクシミリアンには相応の罰を与えたかったが、この屋敷にいる罪もない使用人たちにまで被害が及ぶと思うと、ハーヴェイはその場に留まることがどうしてもできなかった。
この屋敷だけではない。
魔獣がこの匂いにつられてくるというのなら、街にいられないのだ。
街の外に出るしかないだろう。
この金貨も、手にした人間に害が及ぶかもしれないことを考えると、置いていくわけにはいかなかった。
ハーヴェイは金貨袋を背負ったまま、屋敷の中を駆け抜けた。
***
ハーヴェイは城壁の外、よく薬草採取に訪れていた草原に陣取っていた。
無為にやられるつもりはなかった。
倒す。
やられるとしても、一矢報いてからだ。
武器も、防具も、何も持っていない。
あるのは魔石と、おのれの拳のみ。
せめて魔剣がこの手にあればと悔やんだが、詮無い事である。
やがて日が傾き、あたりが薄暮の色に染まった。
魔獣が跋扈する時間に、巨大な狐の魔獣が草原をいく。
茂みを揺らす巨体の音が近づいてきた。
高々と跳ぶ巨獣の影が伸びてきて、ハーヴェイの視界を遮る。
何者にも捕まえられない者、テウメッサの狐。
その巨体が、突然ピタリと停止した。
ハーヴェイが、巨大な尻尾をわしづかみにしたからだ。
硬直した獣のぎらついた目が、ハーヴェイを捉える。
「なんだ、簡単に捕まるじゃないか」
テウメッサの狐が人間の言葉を理解したかどうかは定かではないが――
狐はハーヴェイに襲いかかってきた。
***
そのとき、わたしはお店で作業中だった。
いい感じにハマって作業していた。
店中に鳴り響く『ぴよぴよ』という警報音に驚かされるまでは。
ぴよぴよ! ぴよぴよ! ぴよぴよ!
「え……な……なに!?」
これは、祖母が作った魔道具で、お店の警備システムに攻撃が入るとお知らせしてくれるようにできている。
「泥棒!?」
わたしはドキドキしながらそろーっとドアを開け、店内をチェックした。
誰もいない。
念のため、外に出てみたけど、侵入者の形跡もなし。
なんだったんだろ? 誤作動?
警報を止めて作業再開。
しばらくするとまたピヨピヨしだしたので、わたしは首をひねることになった。
うーん……
どこかの魔道具に書き込んだ結界の魔術式に、お店のアラーム機能を間違ってつけちゃったのかなぁ。
【複製】で雑に作業してるとよくある。
最近作った結界の護符を順番に思い出してみるけれど、心当たりがない。
「リゼ、まだ帰らんのか? 今日は早めに切り上げた方がよさそうだぞ」
フェリルスさんが鼻をひくひくさせながら言う。
「狐のにおいがする! 今夜あたり、近くに出るかもしれん! 暗くなる前に帰った方がいい! そうだ帰るべきだ!」
わたしはハーヴェイさんにあげた魔狼の毛のお守りを思い出した。
そういえば、あれにも結界つけたかも?
慌ててたから、なんかやらかしちゃったかもしれない。
てことは……今ハーヴェイさんが攻撃されてるって……こと!?
も、もしかして、薬草採りのときにとうとうテウメッサの狐と遭遇したとか……!?
た、たたた、大変……!!
わたしはお店の隅に置いてあるハーヴェイさんの魔剣を見た。
ハーヴェイさんは武器みたいなの持ってない人だったから、きっと今ごろ逃げ回ってる。
わたしは慌てて警報システムで、位置をチェックしてみた。
街の外れに反応がある。
反応は、動いている様子がなかった。
……も、もももしかして、もうやられちゃった……!?
「ど、どどどどうしよぉ……! ハーヴェイさん、テウメッサの狐と遭遇したかもしれないです……!」
「なに!? なんで分かるのだ!?」
「お、おおお守りに反応が……」
わたしはお店にあった応急処置の回復ポーションをつかんで、鞄に入れた。
大怪我でも、とりあえず発見が早ければ助けられるかもしれない。
わたしは『七里の長靴』を取ってきて、履き替えた。
そしてこれは、逃げる用……!
倒す必要はない。
逃げられればいいんだ。
ハーヴェイさんは足が速いから、ブーツと魔剣があったら逃げ切れるかもしれない。
予備のブーツと魔剣と、お店にあった護符をどっちゃり鞄に入れて、わたしはそこを目指すことにした。




