94 ギデオン家の使用人
【重量軽減】をめいっぱい入れたので、大きいのに、わたしでも振り回せる剣になった。
「でーきたーっ!」
調子に乗ってぶんぶん振り回してたら、天井に当たって、桟がすぱっと切れた。
バキバキバキ、とすごい音がする。
とっ……倒壊するぅぅ!?
慌てて補強の木材を噛ませて釘打ち。
ホッとして、床を見たら、わたしが手放した剣が、床板にぐっさりと深く突き刺さっていた。
わたしはさーっと青くなった。
とんでもない切れ味……!
この、剣の両刃に焼き入れをするのが、祖母の魔剣のシークレットだ。
もとは瑞雲帝国の技術だって聞いたことあるけど、キャメリアではここまで刃を研がない。
研ぎ澄ましたカミソリ状の鋼に、巨大な刀剣の自重、そこに【重量軽減】で思いっきり振り回したときの運動エネルギーが噛み合わさると、すごい破壊力になるんだなぁ……
おばあさまが年取って、もう重い工具をいじるのは無理って宣言してからも、ずっと魔剣の作成依頼が来てたほどの技なのだ。
「喜んでもらえるといいなぁ」
わたしはハーヴェイさんを思い浮かべて、ひとりで笑ってしまったのだった。
***
ハーヴェイはギデオン伯爵家の当主、マクシミリアンの雑用を一手に引き受けている。
朝方、新聞を入手したら、きれいにアイロンをかけるのもハーヴェイの仕事だった。
アイロンがけのついでに、一通り目を通して内容を把握する。
新聞はこのところ、テウメッサの狐のことでもちきりだった。
『サントラール騎士団の宿舎を襲撃』
『一級魔術師の邸宅を』
『倉庫にも被害が』
――サントラール騎士団の建物が立て続けに襲われているのか。
ハーヴェイの中に生まれた疑念。
もしや、テウメッサの狐は襲う相手を選んでいるのではないか、という想像が、記事の中から共通点を読み取ろうとする。
倉庫が襲われ、物品が荒らされた上に盗難に遭ったという記事では、推定被害総額が金貨何万枚にも及ぶことが書かれていた。
火事場泥棒自体は珍しくもないことだが、被害総額の大きさが物議を醸しているようだ。
闇に消えた魔獣素材の行方を巡って、サントラール騎士団は厳しく責任を追及されることになりそうだ、と結ばれている。
『魔獣素材は強力な武器防具の材料となるため、王都付近で魔獣の討伐を行うものは、討伐した魔物と、所持している魔獣素材の報告が義務付けられている。』
ハーヴェイは冒険者ギルドで説明されたことを思い出した。
魔獣素材は貴重な資源。爪一本、皮一枚がとてつもない価値を生み出すこともあるため、報告漏れがあっては、裏社会の資金源になりうる。
王都の治安維持のために、魔獣素材を闇に流してはならない、というのがその説明だった。
ハーヴェイは騎士団とは何のかかわりもないので想像でしかないが、おそらく王国の各騎士団も、魔獣素材の管理は厳しくするように圧力をかけられているのだろう。
強力な武器防具を有し、豊富な魔獣素材資源で資金も潤沢なサントラール騎士団。
彼らの倉庫を襲ったテウメッサの狐の行動は、はたして偶然によるものだったのか。
膨大な倉庫内の物品を手際よく盗み出した火事場泥棒たちは、本当にただの盗賊だったのか。
ハーヴェイは考え込みながら、ひととおりマクシミリアンの服などを準備し、朝の仕事を終えた。
雑用をさっさと終わらせ、逸る足で鍵付きの倉庫に向かう。
冒険者ギルドの依頼品を隠しているのだ。
そろそろ薬草の束が溜まってきたので、また麻袋に詰めなければならない。
扉の前に立って、異変に気づいた。
鍵が壊されている。
中のものはすべて持ち出され、空になっていた。
隠しておいた金貨もなくなっている。
ハーヴェイは呆然として、その場に力なく座り込んだ。
それは、魔剣の報酬にとため込んだ金貨だった。
剣があれば、本格的に魔獣狩りで稼ぎを得ることができる。
いわば、ギデオン家から逃げ出すための全財産だった。
この倉庫はずっと使われていなかった。
最近、ハーヴェイがこの倉庫に出入りしているところを目撃した人物は、ひとりしかいない。
ハーヴェイは怒りを押し隠し、起き抜けのマクシミリアンの枕元に戻った。
コーヒーを飲みながら新聞を眺めているマクシミリアンに、ハーヴェイは詰め寄る。
「ラベンダー畑の倉庫の中にあったものはどこに移動されたのでしょうか?」
マクシミリアンはとぼけた顔で、
「知らない。何のことだ?」
と言った。
ハーヴェイは遠慮がちに付け足す。
「あの中に獣毛のチャームがありませんでしたか? あれは自分が騎士団でテウメッサの狐と一戦交えたときにむしり取ったもの。テウメッサの狐は執念深いと評判ですから、所持していると狐が襲ってくるかもしれず――」
マクシミリアンは真っ青な顔でベッドの下から金貨の袋を引っ張り出し、チャームを見つけて、暖炉に投げ込んだ。
不思議なことに、チャームは燃えることなく、暖炉でキラキラと光っている。
「なんだこりゃ――おい、なんでこんな物騒なものを持ってるんだ?」
「それはこちらのセリフです。なぜ自分の金貨をあなたが?」
ハーヴェイはふつふつと怒りが込み上げるのを感じた。このままだと、いつまで抑えていられるか分からない。
「俺の敷地内にあるものは全部俺のものだろう? お前が倉庫を不正使用していたから押収しただけだ」
「お返しください。使用人のものを盗むなど、先代のギデオン伯爵もお嘆きになります」
「うるさい! お前があんなに金貨を持っているなどおかしい! どうせ俺の家からくすねていたんだろう! この泥棒が!」
「冒険者ギルドからの正当な報酬です。ギルドでは物品の取引をすべて記録しています。お疑いなら、照会してもらいましょう」
ハーヴェイが睨み下ろすと、マクシミリアンは「いやだね」と言った。
「俺は副業など許可した覚えはない。仕事をサボっていた罰だ」
「では、サボる使用人などとっとと解雇してしまえばよろしいでしょう。金貨さえ返していただければ、ことは公にはいたしません」
マクシミリアンは笑い飛ばした。
「なぁーんでお前を解雇する必要がある? お前は俺の義弟! そして俺は『魔力なし』で役立たずのお前に飯を食わせてやっている優しい兄じゃないか! つべこべ言わずに俺の靴でも磨いてりゃいいんだよ!」
ハーヴェイは怒りを通り越して、やりきれない気持ちになった。
「……あなたは以前、自分に魔石をプレゼントしてくれましたね」
ハーヴェイはポケットから、偽の魔石を取り出した。
「分割払いでと提示された金額が割高であったことはこの際問いません。しかし、なぜ、ただの石を魔石などと偽って渡したのですか?」
ハーヴェイは十年間もその嘘を信じ込み、バカみたいに魔法の訓練を続けて、『魔力なし』と笑われてきた。




