90 リゼ、魔剣の製作依頼を受ける
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「……よし、これで全部仕上がり」
とりあえず王都にいる騎士団の皆さんに集まってもらって(テウメッサの狐対策で、王様から招集がかかってるのだそう)、丸一日かけて団員さんの靴に書き込み。
そのあと、騎士団の在庫分の靴を出してもらって、順番に書き込んだ。
これでおよそ三割終了。
そして今終えたのが、メーカーさんから納品されたばかりの靴への書き込み。
四割弱の靴にジャンプ力強化の魔術式を書き込めたことになる。
さすがは軍用というべきか、中底からウェルト、靴底までにかけてが魔獣素材で補強してあったので、容量にはあんまり問題なかった。
一般人の革靴も、このくらいの仕様であってくれればすぐにでも強化できるんだけどなぁ。
でも魔獣の皮革は安定的な仕入れがとにかく難しいからなぁ。
魔獣素材で生計を立てている冒険者は、なるべく皮に傷つけないよう、罠なり弓矢なりで仕留めるけど、騎士団は真正面から袋叩きにするからねぇ。
あんまり綺麗な皮革素材は獲れないと聞いた。
それにしてもすごい儲かってしまった……
魔術式の書き込みなんてその気になれば一日で千足分終わる程度の軽作業なのに、銀貨で千枚ももらっていいのかなぁ……
かなりイレギュラーな依頼だった。
護符ももう少しコストダウンしたら買わせてくれって言われてたので、なんとかがんばりたい。
「武器とか防具もっと作ってないの? あるもの全部見せてよ。予算に都合つき次第買うから」
と言われたので、また今度できそうな技術をまとめてから、選んでもらうことに。
騎士団の装備全部に採用してもらえたら、わたしは家が一軒建てられるかもしれない。
「……もうわたし、モノづくりより、魔術式の付与師で生きていこうかなぁ……」
そんな冗談を思いつくぐらいの可能性を感じた。
それにしても――
わたしは作りかけの『七里の長靴』をちらりと見る。
みんなに使ってもらえる廉価版、全然完成しない!
それもこれもわたしが古代魔術文字を知らないせいだ。
みんなが手に入る材料で作って、みんなが読み書きできる古代魔術文字を書き込みしないと意味がない。
なのにわたしがやったことは、一般人がとても手にできないような魔獣素材の軍用品に、わたししか書けない暗号で、限界まで機能を乗せた豪華版を作ったことだけ。
やっていることが真逆なんだよぉ……
「勉強しないとダメかも」
わたしが祖母に習った暗号はかなり特殊らしくて、ディオール様やアニエスさんに聞いても『分からない』という。
両親や姉は分かってたはずなので、覚えてもらうことはできるはずなんだけど、どう教えたらいいのかはちょっと分かんない。
それなら、わたしが一般用の文字を覚えるしかないよねぇ。
わたしはお店が暇なときを狙って、ちょこちょこと勉強を始めた。
「フェリルスさん! ここの問題教えてください!」
わたしが魔術師検定の九級のテキストを見せると、フェリルスさんはプイッと鼻を逸らした。
「いやだ! 気分じゃない!」
「そんなぁ……」
「鳥のささみだな! 今日はささみの気分だ!」
「お昼はささみにしましょう! ベシャメルソースとパイ生地も御総菜屋さんから買ってきて、包みパイにしてあげます!」
「やれやれ、仕方ないなぁ!」
フェリルスさんがのそりと起きて、すました顔をわたしに向ける。ぶんぶん振り子のように振りちぎっている尻尾が、フェリルスさんの気分を表していた。
「俺はまったく気が向かないが! リゼがどうしてもというのなら付き合ってやろうじゃないか!」
「ありがたきしあわせ~~~」
ははーっとわたしはひれ伏した。
そしてお店番中にお勉強をするようになったある日、ハーヴェイさんが顔を出した。
「おお、ハーヴェイか! 息災だったか」
ハーヴェイさんはわざわざフェリルスさんの目線の高さまでしゃがみ込んで、ごあいさつしてくれた。
「いただいたお守りが非常に効きまして、これまで一度も襲われたことがありません」
「ま、とぉぉぉぉぜんだなっ! 俺ぐらいにもなると狐など歯牙にもかけんのだ!」
「フェリルスさんはすごいんです!」
わたしも流れで自慢しておく。
フェリルスさんは愛想がよくて来てくれた人ともすぐ仲良くなっちゃうから、すっかりうちの看板犬だよ。
ハーヴェイさんはわたしのテキストを見て、生真面目そうな顔をほころばせた。
「リゼさんも試験を?」
「はい。実は仕事の関係で、ちょっと古代魔術文字を覚えたくて」
「なるほど……実は自分も今度の九級試験を受けようと思っておりまして」
「仲間ですね!」
「はい。冒険者も、上級の魔術師になると依頼が増えるものですから」
「へえ、そうなんですか。もう今のランクのお仕事には慣れたとか?」
「はい、お蔭さまで」
ハーヴェイさんは照れくさそうだったけど、どこか誇らしげだった。
「テウメッサの狐のおかげでまとまった金額が手に入りまして、今日こそ魔剣を買わせていただきたく」
わたしは両手を打ち合わせた。
「毎度ありがとうございます! 好みのデザイン、もう決まってますか?」
「いえ……それが、デザインはさっぱりでして……」
「騎士の家系の方なら、代々受け継がれている紋章とか……」
「いえ、実家とは、無関係のデザインにしたいと考えております」
きっぱり言い切られてしまった。
もしかして、訳ありなのかなぁ。
「それじゃあ、好きな冒険譚とかってありますか? 『青い剣のラシード』様とかすっごい人気ありますよぉ!」
ハーヴェイさんはちょっと考え込んで、
「鉄腕リッツ」
と、言った。
その話ならわたしも知ってる!
好きな話なので、わたしもうれしくなった。
「伝説の冒険家ですね! じゃあそっちの方でデザインを固めていきましょう」
「し……しかし……」
「ハーヴェイさんの雰囲気にぴったりですし、きっとお似合いになりますよ!」
ハーヴェイさんは褒められ慣れてないのか、耳まで真っ赤になった。
ちょっとかわいい。
ハーヴェイさんはわたしに勧められるままぎくしゃくとテーブルにつき、紅茶とクッキーを遠慮がちにつつきながら、わたしのラフ画を見る流れになった。
「確か、鉄腕リッツは、母親が貴族のお妾さんで、食事も出してもらえないありさまだったから、パンにありつこうとして、小さなころからこっそりと無許可で冒険に出ていたんですよね」
「ええ……よくご存じで」
「ピエ……えっと、知人に進められて、さいきん読みました! ……境遇がわたしにちょっと似てたせいか、ドはまりしちゃったんですよねえ」
ピエールくんは『このように不遇な目にあってもくじけず成功する人の話は何回読んでもいいものです』とかなんとか言ってた。
わたしのこともすごいと言ってくれて、ちょっと照れてしまったのは内緒。
ハーヴェイさんは生真面目な性格なのか、とても感じ入ったようにわたしの話に耳を傾けている。
「そうですか、境遇が……店主さんも、辛い目に?」
「ちょっとだけです! リッツさんみたいにはいきませんでしたので、そこがすごくかっこいいなって」
「分かります。……分かります」
ハーヴェイさんはなぜか二回も言って、何度もうなずいていた。




