88 魔狼、ごはんを抜かれかける
オーラの流れだけで分かる。
突っつかれたら割れる!
わたしは思わず後ずさり、円よりはるか後ろに立ち止まった。
「そこでいいの? 当たるよ?」
わたしはゾッとして真横に跳んだ。
リオネルさんが大きな予備動作から、バチッと雷みたいなのをまた出した。
ギリギリを逸れて地面に落ちる。
地面のえぐれ具合は、1センチ2センチどころの騒ぎじゃなかった。
「け……結界どころか、わたしにも穴あきません?」
「んー? 大丈夫よ。ヤバいと思ったらディオールが守るって。……たぶん、ね!」
二撃めはもっと大きくて速くて、わたしは最大出力で真後ろに飛び退った。
そのまますさーっと運動場の端まで逃げる。
あ、あんなのに当たったら死んじゃうよ!
木の陰に隠れていたら、ディオール様の不機嫌顔がひょこっと出てきた。
「何をしている? リゼ。戻れ。そこからじゃ倒せんだろう」
「も、もういやですぅぅぅぅぅ!」
泣きごとを漏らすわたしに向かって、小石のようなものがたくさん飛んでくる。
リオネルさんがからかって遊んでいるのだ。
「あ、あんなのに当たったら死んじゃいますよ!」
「死なない。リオネルが手加減しそこなうわけないだろう」
ディオール様がわたしの横にしゃがみ込む。
「リゼ、聞け。君の結界は十分な強度だ。リオネルなら貫通させられはするだろうが」
「貫通したら死んじゃうんですよぉ!」
「落ち着け。だからこそ、あいつは至近距離なら攻撃はしてこない。円の外に出てもいい、というのはブラフだ。距離があった方が威力を調整しやすいから、適当な位置に誘い出そうとしてるんだ。だから君は、円の中に入れ」
「い、嫌です、無理です、怖いです!!」
「恐怖に呑み込まれるな。いいか? 君の魔道具は強いが、個別の状況に対応するには不足だろう? となれば次に必要なものもおのずと見えてくるはずだ」
ディオール様が目の前に、逆三角形の小さな障壁を張った。
「こうして、結界を一部に集中して張れば、リオネルの貫通攻撃も防げる。均一の卵殻状にしか張れない結界は脆い。リオネルの攻撃を見切って、結界の形状を変化させるんだ」
「わ、わたしには、リオネルさんの攻撃を見切ることなんて……」
と言いながら、わたしはちょっと思いついてしまった。
騎士さんたちとの模擬戦で、わたしはもう手の内を出し尽くしてしまった。
だから、リオネルさんはきっと、わたしが卵殻状の結界しか張れないと思っている。
でも、わたしが今、ここで、護符の出力形式を書き換えてしまえば――
いやぁ、とわたしは考え直した。
範囲を狭くして強度を上げるのはいい案かもしれないけど、その分狭くなるわけで――
リオネルさんがとっさの機転で迂回して、結界のないところ攻撃してきたら終わりだよねぇ。デッドオアダイ。
「ならば、あいつの予想を上回る速度で接近して、結界ごと体当たりしろ。ゼロ距離だと自分にも当たるから、なおさら強い技は出せない。正面からぶつかっていけ」
「リ、リオネルさんが意外と技巧派で、うまいこと結界だけ割ってくるかも?」
「あいつを信じろ。ああ見えて女子どもには甘い。手加減を間違うくらいなら撃たない。そういうやつだ」
「そ、そういう勝ち方ってぇ……」
「いいからやれ」
「もうやめたいですぅぅぅ……」
ディオール様は冷酷な表情で手を差し伸べてくる。
弱音を吐くわたしを無理やり立ち上がらせるために。
「やらないのならフェリルスの夕食を抜く」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
「ひと月くらい抜こうか?」
「し、死んじゃう!」
「あいつは精霊だから百食抜いてもピンピンしてる」
「かわいそう!! フェリルスさん関係ないじゃないですか!?」
「連帯責任だ」
「何の責任もないですよぉ!?」
「ある。あいつがリゼをきちんと仕上げなかったのが悪い」
「そそそそんなぁ……っ」
ごはん抜くのダメ、絶対!
「行ってこい。君にならできる」
わたしは護符を握りしめて、魔術式が格納してあるところを開いた。
もともとギッチギチに書き込んであるけど、オート展開の部分を切って全部手動化。空いたスペースに前面三枚重ねの術式を書き加える。
これだけあれば、一撃は耐えられる、かもしれない。
……わたしが発動のタイミングさえ間違えなければね!
リオネルさんには手の内を見せきっているので、オート展開するものと思い込んでいるはず。
失敗したら本当にザックリ行くかも?
怖い……
けど、フェリルスさんのごはんは守らないと……!
わたしは木の影から出た。
「お? リゼちゃん、もう降参?」
そうしたいのは山々だったけど、わたしはぐっとこらえた。
「い……いいえ。倒す方法を思いつきましたっ……!」
リオネルさんが面白そうに顔の片方だけニヤリとする。
「へーえ? そんじゃあお手並み拝見……っと!」
うわあああああ!?
リオネルさんが打ち上げた白い光が上から流星群のように降ってきて、わたしはビビりまくった。
槍でも降ってきてるのかと思うくらい強い衝撃で結界がぐらぐら揺れる。
結界の上方向が薄いので、下手に動けない。
足止めされているわたしに、リオネルさんが狙いすました刺突技を撃ってくる。
――これだ!
正面から受けられれば、たぶん耐えられる。
わたしは大きくためて――
リオネルさんが放つタイミングで、まっすぐ跳んだ。
三枚重ねの盾はリオネルさんの武器を右に大きく逸らしながらも、大きくえぐられた。
……でも、なんとか耐えた!
むしろ上からの光で天井が破けそう。
わたしはとにかくまっすぐ突っ込んで――
結界ごと体当たり!
ゴッ! と、ヤバそうな音がした。
吹っ飛ばしたぁぁぁぁぁ!
リオネルさんはギリギリで踏みとどまろうとしたけれど、かかとが少し押し出された。
リオネルさんは突然水をぶっかけられた猫みたいな顔で、目をまんまるにしていた。
「あははははは、超うける。負けちゃった」
さっぱりと笑い飛ばして、リオネルさんはハルバードを手放した。
試合終了だ。
「いやー、まさか真正面から突っ込んでくるとは思わなかった。リゼちゃん度胸あんなぁ!」
「えへへぇ……」
「でも最後のは反則じゃねえ? あれ、自前の魔術だったでしょ? あれじゃテストになんねーじゃん」
「あれは、木の影にいたときに、ちょちょいと仕様を書き換えまして」
わたしが護符のスイッチをカチリと押し込むと、卵殻状の結界が出て、もう一度押すと、三枚重ねの盾が展開した。
リオネルさんはぱかっと口を開けて驚いていた。
「……まじかよ!? あの短い時間で!?」
リオネルさんが頭にかぶっていた訓練用の兜を脱いで、ぺこりとした。
「いや、真面目に反省するわ。舐めきってました。すいません。俺の完敗です」




