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【書籍・漫画化】魔道具師リゼ、開業します~姉の代わりに魔道具を作っていたわたし、倒れたところを氷の公爵さまに保護されました~【五章再開】  作者: くまだ乙夜
三章 テウメッサの狐編

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84 リゼ、牛の丸焼きを所望する


「……そういえば、アゾット家の錬金術にも、古代魔術文字にはどうとも置換不能なオリジナルの言葉がかなりある」

「アゾット家ほどにもなると、古代にはなかった技術もかなり蓄積されているでしょうからね」


 ディオール様とピエールくんの会話に、わたしも相槌を打つ。


「そういうの、辞書にしてみんなで共有したら捗るかもしれませんね」

「それが理想でございますね」

「門外不出の技術もあるから、難しいだろうがな」

「でも、人類全体で一歩前進と考えると、有意義でございましょう」

「しかしなぁ……人間は自分の利益が一番だからな」


 そのうちにお話がどんどん難しくなっていって、わたしは聞いているだけになった。


 ディオール様とピエールくんって、いつもこんな話してるのかなぁ。


 仲良くお話しているふたりを見ながら、わたしはまた少しディオール様の知らない一面を見れたような気がして、うれしくなったのだった。


 しばらく話が弾んだあと、わたしのところに話題が戻ってくる。


「……そういえば、リゼの合格祝いをしないといけないな」

「ディオール様がおいしいものを奢ってくれる約束です!」


 それを言いたくて来たのです!


 ディオール様はいつもの無表情からは考えられないくらいやさしく微笑んでくれた。


「よろしい。何が食べたい? 意見があれば聞こう」


 そんなもの、わたしの中ではもう決まってる。


「お肉を……! 大きいお肉をください……!」


 両手を大きく広げて、わたしの夢がでっかいこともアピール。


「お皿からはみ出すほどのお肉を……!! フェリルスさんでも食べきれないくらいのお肉を……!!」

「牛一頭分になるぞ」


 わたしははしゃいでしまった。


 なんとうはうはなご提案!


「牛の丸焼き……! 夢がありますね! 食べてみたいデス!」

「正気か? 一頭分ってどのぐらいか分かっているか?」

「どのくらいなんですか?」

「うちの屋敷の連中全員に振る舞ってもまだ余るんじゃないか?」

「そんなにもビッグなお肉の丸焼き……!」

「落ち着け。ローストビーフなんかそんなにうまくないだろう。たくさんあればいいというものでもない」


 ディオール様は勘違いしている。


 丸焼きの楽しいところはみんなで火を囲めるところ!


「そうだ! お庭でローストビーフするのはどうでしょう? 牛を一頭丸々焼いて、皆さんにも召し上がっていただくのは……!?」

「まず牛一頭から離れろ。高級レストランはどうした」

「フェリルスさんもローストビーフしたいと思うんです!」


 ディオール様は白いわんちゃんのことを思ってか、しぶる顔つきを笑みに変えた。


「わたしも最近羽振りがいいので、牛は買わせていただきます! 下町にいいお肉屋さんがあるんですよ!」

「……仕方がないな」


 と、ディオール様が折れてくれて、わたしはにっこりした。怖い顔しててもいい人って、わたし知ってた!


「君は本当に変わっているな。犬のために牛一頭焼いてやるなんて早々ない可愛がりだぞ」

「フェリルスさんだけのためじゃないですよ!」


 ついでなので、好みの調査もしてみることにする。


「ちなみに、ディオール様はお肉で言ったらどんなのが好きですか?」

「肉……」

「タンとか、ハラミとか、豚とか、カモとか」


 ディオール様、すっごく怖い顔してるぅ……


 お肉嫌いなのかな? と思っていたら、やがてディオール様が何か決心したように口を開いた。


「鶏肉だな。鶏肉が一番好きだ」

「あ、じゃあフェリルスさんと同じですね! チキンの丸焼き大会の方がよかったでしょうか」

「……やはり鶏肉など好きではない」

「な、なんでですかぁ!? じゃあなんで今好きって言ったんですか?」

「リゼ様、おそらくディオール様は、リゼ様が奢りやすいものをと――」

「ピエール、やめてくれ」


 ディオール様がピエールくんの平和語変換を途中でさえぎってしまったので、わたしには疑問だけが残った。


 鶏肉のお値段が安いから気を遣ってくれたってこと? でもなんでフェリルスさんと一緒だと嫌なの?


 ディオール様はよく分からない。


「何でもいい。これは、適当に言っているんじゃない。心から何でもいいと思っている」


 ディオール様が少し不機嫌そうに付け足してくれる。


「……リゼが喜ぶなら、それで」


 わたしはドキリとして、思わずディオール様のお顔を凝視してしまった。


「――はい! もちろんわたしは……」


 うれしいです、と言いかけて、ふとピエールくんの表情に目を留める。


 ピエールくんは伏し目がちに、無表情を保っていた。


 普段からにこにこしているピエールくんにしては珍しいくらいの無感情に、なんとなく作為的なものを感じてしまう。


 これってもしかして、ピエールくんに言わされた・・・・・のかな。


 ピエールくんはすごく優しいから、わたしが喜びそうなことを入れ知恵してくれたのかも。


 で、ディオール様も優しいから、本心じゃないのにちょっとサービスしてくれたとか……?


 なんてことだ……!


『優しい』の玉突き事故が起きてしまった……!


「う、うれしいですが……! できればディオール様が本心からチキンが好きだったらよかったのになって思います……!」

「肉としてはお得でございますからね」

「そういうことじゃないんですけどねぇ……!」

「フェリルスと同レベルだと思われるのは心外だ。私はあんなに食わん」

「誰もそんなこと思いませんよぉ……」


 お話をする回数も増えてきたけど、やっぱりディオール様はつかみどころのない人なのだった。


***


 さっそく牛の丸焼き大会をした。


 燃え盛る火!


 両手両足を縛って逆さづりにした牛!


 じりじりと焦げるいい匂い!


 汗をかきながらぐるぐる回す返し職人ターナーさん!


 フェリルスさんがとっても喜んでくれて、いつになく遠吠えを聞かせてくれ、ディオール様に「うるさい」と怒られていた。


 耳を伏せてしおしおと床に寝そべっているフェリルスさんは、当人(当犬?)には申し訳ないけど、きゅんとくるかわいさだった。


「フェリルスさん、わたしと競争しませんか?」


 わたしがこのところ改良中の『七里の長靴セブンリーグブーツ』を出して誘うと、フェリルスさんはベロを垂らして満面の笑顔になった。


「例のすばやい靴か! 俺には勝てんと思い知っただろうに!」

「技術は日々進歩しているんですよ! 昨日負けても今日は分かりません!」



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