83 リゼ、合格する
一番手っ取り早いのは『純魔石をつける』かなぁ。
でもそれだとお値段があがってしまう。
わたしはタダで作れるんだけどねぇ。うーん。
……外部ユニットなしで、生体から組み上げる魔術式を組み込めたら、まあなんとかなりそうかな?
うーん、うーん……
わたしは超ちっちゃいパズル感覚で、魔術式の圧縮と組み込み作業に苦しんだ。
入るかなぁ……入りそうなんだけどなぁ……入らないなぁ……入りそうで……ああっ、入りきらない……!
わたしは『皆が読み書きできる古代魔術文字で』という当初の目的を忘れて、ついうっかりいつものおばあさまの暗号を駆使し、ギッチギチに詰め込む作業を開始した。
うぅ、辛い。
ギュゲースの指輪も頭おかしくなりそうだったけど、ブーツもつらい。
せめてこれが魔獣の皮革とかだったらなぁ。容量が桁違いだから、こんなに苦しまなくて済む。
普通の牛革にちょっと魔力なめしを足したものでは、足が疲れにくくなるとか、防水・透湿効果くらいしかつけられそうにない。
いっそわたしが生皮を買い付けて自分でなめす? うーん。それもまた『再現性なし』って言われて特許申請弾かれちゃいそう。
この魔術式も、何も考えずに丸ごと書き写してくれれば、十分に誰でも再現可能なはずなんだけど、それだとダメなんだって。暗号自体を公開してくれって言われちゃったので、それはお断りした。
再現性って難しいんだなぁ……
と、わたしは、つい夢中になって作り上げてしまった傑作の『七里の長靴』を前に、虚しい気分になっていた。
いつもの調子で、持てる技術のすべてを駆使してしまったよね。
「再現性を持たせてないからダメなんだよなぁ……」
わたしはいそいそとブーツをはいた。
当初の目的は忘れちゃったけど、それはそれ。これはこれ。
できたおもちゃはまず試してみないとね!
わたしはフェリルスさんを呼ぶことにした。
フェリルスさんはお店にお気に入りの毛布を持ち込み、すっかり自分がくつろぐためのスペースを作って、昼寝していた。
「フェリルスさーん! 追いかけっこして遊びませんか?」
ぴょこんとフェリルスさんの耳が立つ。
「いいな、リゼ! やろう、リゼ!」
「へへー、今日は秘密兵器があるので負けませんよぉ!」
その日は店じまいにして、わたしとフェリルスさんはおうちにつくまで追いかけっこを楽しんだのだった。
最初はバッタみたいにびょんびょん跳ぶわたしにびっくりしていたフェリルスさんも、後半につれて動きに慣れてきたらしく、すぐに捕まるようになってしまった。
うーん、残念。今後の課題としたい。
***
魔術師検定の十級の証書が届いた。
さっそくディオール様に自慢しに、お部屋を訪ねた。
寝る前のディオール様とピエールくんが迎え入れてくれる。
「ディオール様、わたし合格しました!」
「よくやった。すばらしい」
証書と成績表を見たディオール様が、少し眉を寄せた。
「……筆記試験はボロボロだが、実技で受かったんだな」
褒められて有頂天だったわたしも、ディオール様の指摘で気分が沈む。
そこは気づいてほしくなかった。
「こ、古代魔術文字難しくってぇ……」
「なぜだ? あれだけ高度な魔術式が書けるのに」
「僕も不思議に思っておりました。リゼ様の魔道具は市井のものと一線を画す出来でございます」
「前にも言いましたけど、わたしが使ってるのはおばあさまのオリジナルの暗号なんですよ。古代魔術文字は全然分かりません」
ディオール様は首をひねる。
「あれだけの魔道具を生み出せる君なら、言語の習得くらいわけはないと思うんだがな」
「そうだったらよかったんですけどねぇぇ……」
「暗号といってもベースは魔術文字なんじゃないのか? 考案者は君の祖母だろう?」
「はい」
「ならば、母語はキャメリア王国語のはずだ。キャメリアはかつて古代魔術文字が考案された国の文化圏に属している。君の祖母が、王国語とも古代魔術文字とも構造がかけ離れた暗号を用いるとはあまり考えにくいんだが」
「な、何をおっしゃってるのかよく分かりません……」
「そうか……忘れてくれ」
ディオール様はちょっとだけ寂しそうだった。
「これは古代魔術文字を一週間だけ勉強してみた初心者の感想なんですけど……」
わたしは苦しめられた基本文法のテキストの記憶にしかめ面をしながら言う。
「古代魔術文字、使いにくいと思います」
ディオール様は信じられないような顔つきでわたしをじっと見た。
「いや、あれほど単純明快な言語もないが……?」
「だからです。魔術師は、短い言葉でスッと魔法が出るあの言語でいいんだと思います。でも、魔道具師はあれだと困ります!」
たった一語で思い描いていた通りの火が出る言語とは、それだけたくさんの火に関する語彙があり、表現力がある言語でもある。そして、そのために文法も整理されている。
「ローカル環境で使われる生活魔法って、古代魔術文字では変換できないものが多いと思います。――たとえばレース編みに使う魔道具用の魔術。おばあさまは【ボビンレース001】とか呼んだりするんですけど、レース自体が古代には存在しないですもん」
ディオール様は素直に表情を和らげて、驚きを表現した。
「……なるほど、言われてみればそうだな」
「だから古代魔術文字の言語でボビンレースを書き表すなら、【糸巻きを複数本ピン留めに用いた、極細の糸による透かし編み】とかになりますし、レースの守護神と言われている聖クリスピヌスも、神様じゃなくて人間です。しかもレース編みで有名になった人とかでもなく、後世の人が勝手にそう定めたんです」
わたしはやりきれない気持ちで、ほとんど独り言みたいにつぶやく。
「そう……クリスピヌスさんはレース編み一回もやったことないんですよね……」
わたしは昔のことに思いを馳せた。
「でも、うちは毎年レース編みを奉納してたんですよ。おばあさまの方針で、神様へのお参りはなるべくするようにっていうので。それで、あちこちにそれはもう色んな魔道具を……」
毎年、各所に税金代わりのお布施をいろいろと作って持っていくんだけど、当然のようにこれもわたしの仕事だったんだよねぇ。
あの時期は本当に……毎年辛かったなぁ。
ディオール様たちはわたしを見て苦笑していた。
「神殿も慈善事業ではないからな」
「ご利益はきっとあったと思いますよ! 人間世界では忘れられがちですが、いまだに神々の力はご健在でございますから」
「はい。わたしもご利益はあったと思ってます」
お布施を渡してお祈りすると、めきめき上達してたもの。
姉と父母の分までお布施を作ってたから、四人分成長していたのかもしれない。




