80 氷の公爵さまが氷な理由
「戦争で手柄を立てて公爵さまになったんですよね?
いきなり公爵さまになるほどの活躍なんて、すごいですよねぇ」
「まあな、と言いたいところだが、あれも騎士団の自業自得と言えなくもない」
「えー……何かあったんですか?」
「主に国内側に色々あった」
ディオール様が二杯目のワインに手を出した。
今日はよく飲んでるなぁ。
いつもそんなに喋らないのに、楽しそう。
「敵はそれほど強くもなかったが、ひとりドラゴンを使役する魔術師がいてな。その時点で、ドラゴンブレスを防ぐ手立ては人類側になかった。敵国は周辺諸国を蹂躙しながらうちまで迫ってきて、わが国も被害を出す前に出せるだけの金品を出して講和すべき状況に追い込まれていた。私が国王であれば間違いなくそうしていただろう。ところが」
「ところが?」
「騎士団が多いことが災いして、互いに責任をなすりつけあって結託を拒否。降伏など恥だ、玉砕しなければならないというムードが高まった」
わたしもぼんやりと思い出してきた。
あのときは装備が飛ぶように売れたなぁ。
「総力戦となり、いかにドラゴンブレスを防ぐかの議論になったが、そもそも打開策などあるのならとっくに誰かがやっていたろうさ。作戦は最初から行き詰まった」
ディオール様は皮肉げに肩をすくめる。
「ドラゴンブレスは人間の防衛用魔術で防ごうとすると、魔力を溶解させながら吸収し、より威力が強まるという厄介な代物だ。打つ手なし、怒りを向けられたら逃げるのが勝ちだ」
「ど……どうやって倒したんですか?」
ディオール様は、
「騎士団に本来の仕事をさせた」
と、こともなげに言った。
「具体的には、乱戦に持ち込んだ。ドラゴンブレスは威力が強大すぎて、軽率に撃てる代物ではない。遠距離からの一撃でないかぎり、味方陣営も巻き込んで深刻な打撃を負う。そのくらいのことは誰にでも分かるが、遊撃隊の足並みがそろわなければ決して遂行できない作戦でもあるから、とにかく騎士団をまとめることに注力した。苦労のかいあって騎士団たちは決死の遊撃で敵陣営を混乱させて足止めし、敵を都合のいい地形まで誘い込んだ。ここからならドラゴンブレスでいまいましいキャメリア王国軍を焼き尽くせる……という場所だ」
ディオール様が、テーブルの上にあるお料理ごと、テーブルクロスを軽く引っ張った。
全部のお料理のお皿が少しずつ動く。
こぼれないかハラハラしたけれど、そこまで強く引っ張らなかったみたいで、無事だった。
「私のした仕事はたった一つだよ」
ディオール様が、給仕用のワゴンから、テーブルの上に空のワイングラスをいくつも並べ、壁を作り上げる。
「敵と味方陣営の間に、氷の壁を置いた」
なるほど、グラスが氷の壁なんだね。
……ディオール様、やっぱりちょっと酔ってるのかなぁ。
いつもはこんなふうにテーブルで遊んだりする人じゃないんだけど。
「何百メートルにも及ぶ巨大な氷の塊だ。それを、魔力を残さず、完璧な自然物に【物質化】した――それだけだよ」
【物質化】と聞いて、わたしは驚いた。
氷は組成が簡単で、攻撃に使うための魔術が昔からたくさん研究されてるとはいえ、難しい技術であることは間違いない。
【物質化】関連の祝福をたくさん知ってるわたしでも、そんなに大きな氷を一瞬で出すのは無理だ。
「魔力を取り込まれるのなら、魔力で防がなければいい」
簡単なことのように言うディオール様。すごいなぁ……
「しかし、何のかのと言っても氷は氷。ドラゴンブレスの前には無力だった」
「ダメじゃないですか」
感動を返してと思っていたら、ディオール様は慌てるなとでもいうように余裕で微笑んだ。
「しかし、数秒はこちら側を守ることができた。その間に、反対側の陣営は壊滅した。わずか数秒で数十万トンの水が蒸発したんだ。あちらはもはや生物が生存できる環境ではなかった」
うひゃ……
わたしは一気に反対側の陣営のみなさんが可哀想になった。
悲惨な死に方……!
「ドラゴンを使役していた魔術師が死ぬと同時に、ドラゴンは腹いせに敵陣営を壊滅させて飛び去った。私は向こう側の大気が流れてこないようにひたすら結界で守り続け、水の精霊が環境を回復してくれるまで待った。私に苦労がなかったとは言わないが、あの戦争のMVPは水の精霊たちだろう。フェリルスはよくやってくれた」
フェリルスさん……天才わんちゃんなんだぁ……
なんだかかっこいいなぁ。
「あちらの陣営がドラゴンブレスの威力に見合うだけのサポート精霊を連れていたら、こううまくは行かなかっただろう。精霊が明暗を分けた戦いだったが、世間は何も分からずに私を英雄に仕立て上げたというわけだったのさ」
ディオール様はこの場にいない白いわんちゃんをいとおしむように言う。
「本当にすごかったのはフェリルスだ」
「明日からフェリルスさんを見る目が変わりそうです!」
「ああ。可愛がってやってくれ」
ディオール様もフェリルスさんが大好きで、フェリルスさんもディオール様が大好き。
いいなぁ素敵だなぁ。
わたしも精霊と契約してみたいなぁ、と思うようなお話だった。
***
テウメッサの狐を倒す魔道具についてお店で構想を練っていたら、新しいお客さんが来た。
ハーヴェイさんだ。
つまらなさそうに床に寝そべっていたフェリルスさんが、ぴょーんと飛びついた。
「お前、狐と戦ってた人間じゃないか! なかなか勇敢だったぞ! この俺が認めてやろう!」
なんだかやたらと先輩風を吹かせているフェリルスさんに、ハーヴェイさんは生真面目に「恐縮であります」と返していた。
「こちらの方は……」
「ご主人の愛されペット! 契約精霊にして魔狼のフェリルスだ!」
ハーヴェイさんはわたしのペットだと思ったらしく、ちょっと尊敬したような目をわたしに向けていた。
「知性体の精霊と契約を交わしているとは……魔術師としても屈指の実力者であらせられましたか」
「ご主人は強いぞ!」
「ち、違いますよぉ……」
どっから説明しようか悩んでいるうちに、ハーヴェイさんがお店に飾ってある賞状とマントに気がついた。
「五級魔道具師……ほぉ……大したものでありますな。その若さで魔道具師として大成しているとは。王都のこのへんだと、店を持つのに十年以上の修行と、途方もない資金が必要だと聞いたことがありますが」
「うぇへへ……まあ、十年くらいは魔道具作ってると思います」
ハーヴェイさんは、壁に飾ってある魔剣に目をやった。
「おお……見事な細工でありますな。こちらもリゼさんの作品で?」
「そでっす! 刃物部分は外注することも多いですけど、魔法機能や全体のデザインはわたしが作りますよ」
わたしはそそっと近寄って、カタログを手渡した。
「魔剣、いいですよねぇ」
「冒険者の浪漫であります」
深くうなずくハーヴェイさん。




