79 リゼ、パズルの滝に打たれる
「でも、アルベルト殿下は、悔しそうに、魔道具なら無力な民も助けられるのに、って――」
ディオール様は失笑した。
「前に言ったことを忘れたのか? 第一王子の言うことを信用するな」
ディオール様にそう忠告されても、わたしにはピンと来ない。
アルベルト王子、いい人そうに見えるんだけどなぁ。
「そもそもおかしいと思わなかったのか? 彼は魔道具を魔獣狩りに役立てたいとは言うが、君に作らせる魔道具は魔獣狩りに向いているとは思えん。第一王子が想定しているのは、むしろ市街地での対人戦だろう。目に見えない罠なんて、単純なやつらは無限に引っかかりそうだ」
「ギュゲースの指輪とかのことなら、殿下はお忍びで息抜きをしたりするのに必要って――」
「それを信じたのか……?」
ディオール様を呆れさせてしまった。
「……でも、狐の魔獣は、わたしも早く退治されてほしいと思いますし……」
わたしがちょっと拗ね気味につぶやくと、ディオール様が優しい顔つきになった。
「私もそう願っている。駆除チームに加われないかも打診しているんだが、うまく食い込めなくてね」
ええ、なんで? ディオール様が狩りに参加してくれれば、あっという間のはず。
首をひねっていたら、ディオール様が苦笑しながら説明を付け足してくれた。
「派閥争いがあるんだよ。説明するのもうんざりなほどの入り組んだ事情がある」
わたしは、なにかこう、大きな山を見上げているような気持ちになった。
この国は複雑だなぁ……?
「聞きたいか? まあ、君は興味ないだろうが」
「ないです」
「そうか」
「でも、『みんなで仲良くテウメッサの狐を退治しましょ!』ってならないのはどうしてなのか、気になります」
ディオール様はちょっとだけ噴き出した。
「いいな、実にリゼらしい」
と、笑う。わたしらしいって何……?
「王都の魔獣狩りは主にサントラール騎士団の管轄なんだが、そこの魔術師が私の介入を嫌っている。これが原因その一だ」
「なんでイヤなんですか?」
「私の所属する王立の錬金術アカデミーは研究がメインの地味な組織でね。騎士団所属の魔術師は、誇り高い騎士だ。彼らにしてみれば非戦闘員に手柄を持っていかれるのが面白くないんだろう。汚れ仕事は嫌だが強敵を討伐した名誉だけは欲しい、というのは筋が通らんということで弾かれているわけだ」
ディオール様のお話はいつも難しい。
わたしは適当に聞き流しながら、パズルのピースがいっぱい散らばってる部屋に来た気分になった。
ディオール様ならすぐ倒せそうなのに、まず片付けないといけないパズルがたくさんあってややこしいんだなぁと、ぼんやりしたイメージを持った。
「もう一つの原因は、国王だろうな。陛下はとにかく魔獣狩りに予算を割きたくないんだ」
「どうしてなんですか?」
すっごく大事な仕事なのに!
魔獣狩りって危ないんだし、戦ってくれる騎士さんたちにはおいしいもの食べてほしいよねぇ。
「魔獣は資金源になる。魔獣素材の取引額だけで冒険者という職業が成立する程度にはな。騎士団だってそれで十分だというのが陛下の見解だ」
「お金にならないけど怖い魔獣だっていっぱいいると思いますけど……王様が援助してくれなかったら騎士さんたちも嫌になっちゃいませんか?」
「ところが、騎士は歴史のある名誉職だからな。手柄を立てた者が大貴族に列せられた実績もある。だから無給でも『ぜひやりたい』という貴族の末子があとを絶たない。裕福な市民たちも、かわいいわが子が貴族に取り立てられるチャンスならと、身銭を切って魔術と剣術を教え込み、高い装備を持たせてやって、士官職を買う」
わたしはこれまでに作ってきた騎士さんたちの装備のことを思い出して、唸ってしまった。
魔道具店にとっても、騎士団の皆様はお得意様だ。
あれってお給料がいいからだと思ってたけど、違うのかぁ……
「そして貧困に苦しむ市民たちも、食い扶持が減らせるのならと、捨て子感覚でヒラの騎士団員に増えすぎた子どもを送り込む――要は、ほっといても無料で回る施設なんだよ、騎士団は。陛下が予算を割く必然性がない」
わたしはだんだん暗い気持ちになってきた。
「王様って……冷酷な人なんですか……?」
「情にあふれた方ではないだろうな。だが、為政者なんてそんなものだ」
微妙な顔で聞いていたら、ディオール様が面白そうに笑いだした。
「その顔。騙し打ちで苦い薬を飲まされたフェリルスそっくりだ」
そんなに笑うことないと思いますけどぉ……
「第一王子も国王によく似ている。いい人そうだなんて思っていると痛い目に遭うから、気をつけなさい」
「はぁい」
口うるさい先生にお返事する感じで答えたわたしに、ディオール様はかなり長くウケていた。
「……まあ、騎士団の一級魔術師たちは、最終的に大貴族になりたいわけだからな。非戦闘員のくせに公爵になった私などは憎くてたまらないだろう」
ディオール様がまた難しいことを話し始めた。
わたしに聞かせるつもりじゃないのか、どんどん勝手に喋る。
「公爵位は与えても二級の魔術師。ここが陛下のうまいところでな。あんな若造に公爵位が与えられるのならいずれは自分も――と、張り切る魔術師も出てくるわけだよ」
「ディオール様が恨まれませんか、それ?」
「当然のように恨まれているな。そして最初の話に戻るわけだ。私がテウメッサの狐討伐隊に組み込まれない理由だよ」
世の中は難しいなぁ……と、わたしは上からパズルの滝がざーっと落ちてきた気分になった。
「ここからは私の推測だが、おそらく陛下はさんざんサントラール騎士団に失敗させてから、最終的な手柄は王家の側で立てることを望まれるだろう。私か、第一王子か、どっちかは知らないが、最後には倒せという下命が回ってくるはずだ。まだ時期ではないと思って静観されているのだろう」
「その間に、魔獣に襲われて死んじゃう人だっていっぱいいるのに……」
「だから大法官は激怒しているわけだよ。ふざけてないでさっさと全戦力を投入しろとせっついているが、王は『サントラール騎士団の仕事だ』の一点張りときた」
それは怒るよねぇと、わたしも思った。
わたしが大法官でも、王様に怒ったかもしれない。
「苦しんでる人がいっぱいいるのに」
「まあ、さっさと討伐しない騎士団にも問題はあるな。試験場で相手をしたが、それほど脅威とも感じなかった。なぜ討伐に手間取っているのか」
「それはディオール様が強いからでは?」
ディオール様はフッとよく分からない笑みを見せた。




