75 リゼ、試験会場で魔石を鑑定する
「狐の魔獣がすごく近くに出たんだそうですよ」
「最近多いみたいね」
「なので今日は、このかしこかわいいフェリルスさんに護衛に来てもらいました!」
「ご主人からリゼを守るように言われた! ご主人の愛されペット! 精霊にして魔狼のフェリルスである!」
「まあ、そうなの。……ご主人はどちらに?」
「ディオール様は今日もお仕事です!」
「ご主人は毎日真面目に働く忠義者であるッ! 魔狼の俺も脱帽だっ! アッウォオォォォーンッ♪」
遠吠えをするフェリルスさんから、アニエスさんはちょっとだけ距離を取った。
「ごめんなさい、私、犬って苦手で」
「何ぃぃぃぃ! 俺を犬と呼ぶか小娘! 貴様なぞ助けてやらんッ!」
「そんなこと言わないでくださいよ~~~。この子新入りでよく分かってないんですよ~~~」
ははー、とわたしはテーブルに突っ伏してフェリルスさんを拝んだ。
「フェリルスさんは噛まないので、仲良くしてあげてください!」
「……分かったわ」
と言いつつ、アニエスさんはフェリルスさんからかなり遠いところに座った。たまった封筒を開封しつつ、アニエスさんが口を開く。
「狐の魔獣騒動で、魔法学園も閉鎖令が出たわ。私も、危ないからしばらく王都から離れなさいと父がうるさくて」
「そ、そうなんですかぁ……」
「リゼも、このご時世だから、お店は少し閉鎖していた方がいいと思うわ。待っていれば、そう遠くないうちに狩られるはずよ」
「リゼは心配ないぞ! 俺がついているからな! ワォォォーンッ!」
フェリルスさんがわたしの机の横で、ぐるぐると自分のしっぽを追いかける。あまりにも無邪気なので、本当にお任せしちゃって大丈夫かな……? という気持ちになった。
「暇だ、リゼ! この店は狭いな! 走り回れないじゃないか!」
「あはー……」
「それに座りっぱなしなのも体に悪い! お前もテキストをこなしながらスクワットするといいぞ!」
「絶対それ勉強頭に入ってこないやつですよね」
「一流の魔術師は走り回りながら相手との距離を測って魔術式を構築するんだ! お前もそのぐらいはできるようにならねばな!」
「無理ですってばぁ……」
そこで、アニエスさんが声を上げた。
「リゼ、王立魔道具師協会から呼び出しよ」
開封したばかりの手紙には、複数人の偉い人のサインが入っていた。
遠くからでも分かる。
アルベルト王子と、協会長のサインだった。
***
閉店後、わたしは魔道具店の戸締りを確認して、結界用の装置を起動させた。
これでよし、っと。
この国はなんだか魔力資源が豊富らしくて、王国のあっちこっちに強い魔獣が出る。
王都はかなり安全な方らしいけど、それでも魔獣被害で亡くなる人はあとを絶たない。
狐の魔獣は夜行性らしいから、留守の間にお店が襲われないように、警備もちょっと強化しておいた。
まあ、本当に怖いのは、狐の魔獣に便乗した火事場泥棒なんだけどね!
魔獣にやられて、空き巣にも入られて、踏んだり蹴ったり、ということがよくあるので、わたしも警備強化月間に突入したのだった。
結界はおばあさまが得意だったので、わたしもこの店の装置には信頼を置いてるけど、一通りメンテナンスして、大型魔獣の襲撃に備えられるように、ちょっと魔術式を書き足しておいた。
防御ばっかりでもよくないけど、攻撃型の魔道具って作ったことないんだよなぁ。
……そういえば、なんでわたし、おばあさまから攻撃の魔道具習ってないんだろう?
不思議。
「リゼ! 家まで競争しよう!」
「えぇぇ!? 絶対勝てないですよぉ! ハンデください、ハンデ!」
「じゃあ俺は後ろ脚二本だけで走ってやる!」
「フェリルスさん、それは勝ちましたよ? わたしの方が速いです!」
「たわけ、リゼを倒すのには後ろ足だけでじゅうぅぅぅぶんだっ!」
フェリルスさんは前のおててをだらりと垂らしたポーズで立ち上がった。
そこから、信じられないくらい速い速度で、さかさかさかさか! とわたしのはるか先の歩道を行く。
その姿はもはや犬ではなかった。
妖怪か何かだった。
「うわぁぁぁん、フェリルスさん、待ってえぇぇぇっ!」
ひとりにされると夜道は危ない。
わたしは身の危険を感じて、必死に走った。
***
ディオール様とフェリルスさんにみっちり講義をしてもらって悲鳴をあげていたら、一週間はあっという間に過ぎた。
魔術師検定十級試験当日、試験会場のサントラール騎士団訓練場で。
わたしは楽しそうにわいわいがやがやお話しているちびっこたちの間に、ひとりぽつーんと佇んでいた。
なんか、十歳くらいのちっちゃい子ばっかりだなぁ……?
付き添いのディオール様たちも、親御さんたちが待つスペースに行っちゃったし、わたし今完全にぼっち。
大人のひとはいないのかなぁ……
……あ、もしかして、わたしも子どもに間違われて、子ども用の部屋に入れられちゃったとか……?
きいてみよ。
わたしは入り口付近にじっと立っている背の高い男の人に近寄っていった。
この人、見た目騎士さんみたいだから、きっと試験監督だよね。
「あ、あのー……大人の人用の待合室ってありますか? わ、わたし、子どもみたいに見えるかもしれないんですけど、こう見えて成人式も終わってまして……っ」
試験監督さんは、落ち着いた声で応えてくれる。
「十級の試験を受けに参られたのでしょうか」
「はい」
「であれば、この試験は毎度このような雰囲気であります。子どもが受ける簡単な試験なのでありましょう」
「あ、そ、そうだったんですね……」
わたしが遅れてただけだった、恥ずかしい。
「自分は今回で二十回の受験であります」
「あっ、ベテランの方なんですね……? てっきり試験監督かと思って」
「受験生です。子どもでも受かる簡単な試験にも受からぬ無能者よと、家では冷や飯を食わされておりますが」
えっ、か、かわいそう……
ごはんが冷たいのすごくいやだよねぇ……
わたしもおうちで硬いパンばっかり食べていたので、同情してしまった。
「ははは、いやなぁに、魔力なしの落ちこぼれなど、どこでも冷遇されるものでありましょう」
魔力なし。
この国ではごくたまに生まれてくる人たち。
全然魔法が使えない人のことをそう呼ぶ。
「せめて家を出て、冒険者として独り立ちしたいと考えておりますが、冒険者ギルドの必須条件は初級の魔術が使えること。ゆえにこうして悪あがきを続けております」
魔法が使えなくても働ける職はいろいろあるけど……
でも、この人は冒険者になりたいんだなぁ。
魔力なしの人が冒険者をするのは厳しいけど、全然不可能ってわけでもない。
「魔道具を使うのはどうですか? うまく使いこなせば大丈夫ですよ」
「先立つものがありませんで」
「あ……」
冒険者になるには魔道具がいるけど、魔道具を買いそろえるには働かないといけないんだ。
この世は不条理だなぁ?
「先日、ようやくこの魔石の分割払いが終わったところであります」
といって彼が取り出したのは、シンプルな真鍮フレームの魔石。
魔術はイメージが大切だと言われている。
魔石に触れていると成功しやすくなるのはそのおかげだ。
だから、魔法の初学者は、必ずひとつ魔石を身に着けている。
わたしはひと目見て、あれ? と思った。
「……それ、魔石じゃないですよね?」
「え?」
「魔石って、全体の一割以上が魔力になるように作らないと、検品で弾かれちゃうんですよ。売れない粗悪品として。でもその魔石、たぶん魔力が籠ってないかと……」
男の人はぶるぶる震え出した。
「それは……本当なのでしょうか……? いくら世間話とはいえ、いわれなき侮辱であれば……」
「う、嘘じゃありません! み、見てください、これ、これが本物の魔石です!」
わたしが自分用の魔石をその人に握らせると、男の人の周囲にカッと魔力が飛んだのが見えた。
うわ……強い赤色のオーラ。
ディオール様みたい。
色までついて見えるのは、相当な強者の証。




